《紅白と青黒》



 魔法使いは巫女に言った。

『あのローブも好きだったけど、この服も似合うだろう?』

 いつも遊びに来ている魔法使いの顔は、とても可愛らしかった。
 その理由は巫女には理解できなかったが、新しくなった魔法使いの服のせいだろうと思い、服の出所に出向くことにした。


***


 魔法の森の入り口に、洋館とも和式ともいえない店が立っていた。
 外にまで広がるガラクタに顔をゆがませ、白と赤のめでたい服を着た少女は、ゆっくりと扉を開ける。

 カランカランッ

 忙しく鳴るカウベルの音を無視し、うす汚い店内を見回して店主だろう男に声をかけた。

「ここが香霖堂?」

「いらっしゃい、始めましてだね」

「ええ、博麗神社の巫女よ」

 背の高い男は、少女は見下ろす。
 決して客に向かうような態度でも表情でもないところから、客商売をやる気がないのだろうと察する。
 少女は別段それを嫌だと思うことなく、むしろ自分の性に合っているとも思った。

「ああ、君が博麗の…いつも魔理沙から聞いているよ」

「私もよく聞くわ。香霖堂の店主の話」

「僕は森近霖之助。君はたしか…靈夢さんと言ったね」

「霊夢でいいわ、で…ここは何のお店なの?聞いてたわりにとっても簡素ね」

 “簡素”と言われて少々癇に障ったのか、霖之助はぐっと何かを我慢するように口を一文字に結ぶ。
 そして、はぁ、と何かを諦めたようにため息を吐くと、開き直って口を開いた。

「……簡素で結構。ここは道具屋さ」

「道具って?」

「その名の通りさ、外の世界の道具だったり、僕の作った道具だったり」

 つまり、魔法使い…魔理沙の新しい服を作ったのはこの店主で間違っていないようだ。
 霊夢は、香霖堂で初めて購入する品を思いつく。

「ふーん…じゃあ手始めに私の服、お願いできるかしら」

「この前魔理沙にも頼まれたな、ああゆうのでいいのかい?」

「私のはもっとかわいくて、私に似合ってて…そうね従来の巫女服じゃないような、斬新なデザインのものがいいわ」

「かなり難しいな」

「ここは道具屋なんでしょう?」

 『何、できないの?』と挑発的な目で霖之助を見るが、霖之助は挑発に乗ることはなかった。

「規格外も甚だしい…と、言いたいところだが、努力してみよう」

 魔理沙の服を作ったくらいだ、断ることはないと思っていたが、自分は+αの注文を付け加えたのだ。その分は無理かと思っていた。
 霊夢は不思議そうな顔をして霖之助を見た。

「なに、魔理沙の友達なんだろう?サービスさ」

「失礼ね、魔理沙とはライバルよ」

「魔理沙となかよくしてくれ」

「んもう!聞かない店主ね」

 どこか子ども扱いする霖之助が気にくわなくて霊夢は軽く憤怒するも、霖之助はのらりくらりと霊夢の言うことをかわす。
 その後寸法を測り、具体的な案を考える。考えている間、お茶とお茶菓子を出したところ、霊夢はずいぶん気にいったのかおかわりを5回もしたのを霖之助は印象に残った。
 ちなみに、案を考えたと言っても霊夢は抽象的なことしか言わず、霖之助ばかり案を出す一方だったので、これで注文どおりのものができるかどうか不安になる。
 しかし、そこは霖之助の腕次第ということになる。霖之助は自分の持つ力を注いで巫女服を完成させた。


***


 一週間後に霊夢が来てみると、霖之助は待ってましたと言わんばかりに商品となる巫女服を見せた。

「かなりの自信作さ。最も僕の感性のみの判断だが」

 霊夢は目をキラキラさせて、掛けられた巫女服に近づいた。
 そして「わぁ…!」感嘆の声をあげて、服を奪って店の奥に進んでいく。

「おい…」

 止めに入った霖之助に霊夢はピタッと止まって言い聞かせた。

「ちょっと着てみるわ……覗かないでよ?」

「覗かないよ、どう着ていいかわからない場合は呼んでくれ」

 そうね。とだけつぶやいて奥へ進んだ霊夢だったが、数分後、着替えを済まして出てきた霊夢は白い布と赤い布を持っていた。

「胴体の部分はどうにかなったけど…これは?」

「これは袖さ」

 白い布を霖之助に渡すと、器用に霊夢の袖にそれを通した。
 肩の肌をチラリと見ると、腕を回して袖が落ちないことを確認する。

「肩は出すのね」

「斬新なデザインだろう。…しまったな、さらしが見えてしまうね。後で直しておくよ」

 申し訳ない。なんて微塵も思ってなさそうな顔で言うものだから、またも霊夢は商売の神様から見放された男なのだと自分に納得させた。
 哀れむ気持ちを我慢しながら、霊夢はもう一つの布を霖之助に広げて見せた。

「じゃあこの赤いのは?」

 帯に短くたすきに長い、とはこういうことなのだろう。中途半端な長さの赤い布には申し訳程度のフリルがあしらわれている。

「布が余ったから適当に作ってみた、リボンのつもりだが…ちょっと大きすぎたかな?」

「丁度髪の毛がうっとうしかったから丁度いいわ」

 サッと髪を結って、あっという間に頭に蝶結びをした。
 布の質のせいか、リボンの角はピンと尖っていて、以前までしていた柔らかいリボンとはまた違った印象を残す。

「まるで猫の耳だな」

 霊夢と一緒に鏡を見ていた霖之助は、リボンの角を触りながら呟いた。

「かわいいじゃない」

「気に入ってくれたかい?」

「そうね」

 霊夢は鏡の前でくるくると回りにんまりと満足そうに笑う。

 スカートがふわりと舞って、以前の自分とは別人の感覚さえする。

 心機一転。そんな言葉が霊夢の頭を過ぎったが、次の霖之助の言葉によって、一気に現実に戻された。

「代金のほうだが…」

 グリンと勢いよく首を回すと、信じられないという目で霖之助の顔を見た。

「お金?取るの?私から?」

「そりゃそうだろうここは道具屋だよ」

「魔理沙の親友なのに」

「この間までライバルだと言い張ってたのに」

 ことごとく霊夢のいちゃもんをかわす霖之助に、霊夢はぐっと唇を噛んだ。
 そして最後の切り札であるように、片手を挙げて脇のほうをさす。

「ここ…さらしが見えてるじゃない」

「だから直すと…」

「このリボンも適当に作ったですって?道具屋が聞いてあきれるわ。ていうかサービスって言ったわよね」

「そのサービスは作ることのサービスであり値段のサービスじゃないよ」

 霖之助が最後まで言うのを止めるように、霊夢はつぎつぎとクレームを言い放つ。
 とんだクレーマーだ。そんなことを思った矢先、霊夢のほうが諦めたように言った。

「仕方ないわねツケにしといてあげるわ」

「それは普通こちらが言うものなのでは?」

「これからもここを利用させてもらうわ」

 仕舞いにはニッコリと笑顔で済まされてしまった。
 また利用したときに払うとでもいうことになっているらしい。
 はぁ、とため息を一つして霖之助は諦めた。

「…まぁ、さすが魔理沙の親友と言うわけか。いいだろう、ツケにしておこう」

「ありがと。それじゃまたね霖之助さん」

 霊夢は早々に香霖堂から去っていった。

『ありがと』は服を作ったことに対してのことなのか、それともツケにしたことに対してのお礼なのか、霖之助は分からなかった。
 とにかく、常連になりそうな客が出来たことに、少なくとも喜んだ霖之助は、霊夢のツケは今回だけ許しておこうと心に決めた…が。
 数日後、お茶をたかりに来る姿みて、さすが魔理沙の親友だと納得し、ツケを許したことを大いに後悔する霖之助がそこにいたそうな…。


 



<2008,10,25 加筆修正>