《地霊殿×香霖堂》

《地霊殿×香霖堂》


 その日の夜、博麗神社でいつものような宴会が行われた。
 地底から温泉が湧き出たために現れた無数の妖怪。
 その原因を突き止め、防ぐことが出来たことより祝いの宴である。
 なぜか異変を起こした張本人や、霊夢や魔理沙によって倒された妖怪までも宴会に入っていることはただのご愛嬌といえるだろう。
 忌み嫌われた妖怪が地上に出ることは禁じられていること、しかし八雲紫の監視下の元…もとい宴会参加の建前により可能になっている。
 今回の異変に関係のない妖怪までも宴会に参加していることに誰も突っ込まないのは、それがいつものことだからとも言えるだろう。

「黒谷ヤマメ歌いまぁす!!」

「お!萃香珍しい酒持ってるねぇ」

「きゃははははっ!勇儀と飲むのは久しいなぁ!」

「おくう!それあたいのお酒!」

「にゅははははは!」

「んもう!ちょっと酒買ってよ!」

 好き勝手飲み、食べ、そして騒ぐ。
 いつものことながら、神社の巫女は少々頭にきていた。

「あんたたちもいい加減遠慮って言葉を知らないわけ?」

「まぁまぁ霊夢~。そうカッカすんなよ。無礼講ってやつだぜ?」

「魔理沙…何やってんのあんた…」

 魔理沙は嫌がるパルスィに無理やり酒を飲ましていた。

「わたしは!!1人で飲んでいたぃっむぐぁ!!」

 酒瓶をラッパ飲みさせられ、パルスィはごくごくと喉を鳴らす。
 口から酒が溢れてやっと解放するも、パルスィの顔は真っ赤になっており、そしてボソボソと独り言を言い出した。
 飲ませた本人はすでにその場にはいなくっており、パルスィはその場に三角座りで暗い空気を放っていた。
 そして誰もパルスィに構うヒトはいなくなった。
 その様子に少し哀れに思った霊夢だったが、地底の妹君が霊夢の後ろから抱きついてきた。

「ねぇねぇ巫女さん♪」

「わ!こいし!いつの間に…」

 いつものごとく気配もなく現れたこいしに驚くも、嫌な顔せずに構う辺り霊夢が妖怪から好かれる元なのだろう。

「せっかくみんなで外に出たもの。何か楽しいことしましょうよ」

「楽しいことって…弾幕ごっこはダメよ。今日はお酒を楽しく飲む。これでいいじゃない」

 体を使って遊ぶこと(つまり弾幕ごっこ)を禁止され少々口を尖らせるが、こいしはすぐそこでちびちびと酒を飲んでいたキスメに話しかけた。

「それもいいんだけどねぇ…。 ね!キスメ…だっけ? 何か楽しいことしてよ」

「ひゃぃ?! こ…こいし様…! あの…私は…」

 持っていたお猪口も落として驚くキスメに、こいしは「そうだ」とひらめいて言った。

「釣瓶落としてみない? 私に」

「へぇ?! その…めっそうもない!!」

「やってみてよ。ねぇ、私怒らないから」

「そ、そ、そ、そそんな!!!」

 キスメの釣瓶をどうしたのかはこいしにしかわからず、ただただキスメは脅えることしかできない。
 主の身勝手な要求に見るに見かねた従者、もといペットの燐がさすがに止めに入った。

「まぁまぁこいし様! 酒の肴はつまみで十分! あとは目に見える趣と他愛無い話で酒は進むものですよ」

「お燐」

「今宵は猫(私)の爪のような月に満天の星空。私だったらつまみなどいらぬほどです♪」

 新月から覚めた月は細く、その細い光のおかげでいつもよりも星が瞬いてみえる。
 なによりも幻想的で風情ある酒の肴。燐はクイッとお猪口を仰ぎ、酒臭い息を吐き出した。
 あーうまい!そう言う燐をキョトンとした目で見るこいしは問う。

「じゃあ他愛ない話って?」

「え?! …それは、そうですねぇ…」

 他愛ない話。
 愚痴、上司への不満、欲求、悩み、そして恋話。
 他にも色々あるのだが、今燐がすぐに出る話と言えば主への不満や、仕事場での悩みである。
 ヒトによりけり、それで酒は進むのだが、その主の妹であるこいしに聞かせるものでは断じてない。
回答に困った燐は、ある少女と目が合った。

「あ?私?」

「そう!この魔法使いなら何か面白い話をしてくれるでしょう!!」

「あ!お前!私に擦り付けてないか?!」

 眉をひそめて拒否をしようとする魔理沙に燐は耳元で呟いた。

「いいの? パルスィにあんな飲ませ方して…。素面に戻ったときは怖いわよ~。背中に取り付かれてグリーンアイドモンスターよぉ」

 それはいつまでもいつまでもついてくる緑色の弾幕。

「朝も昼も夜もパルパルパル…いいの? そんな生活…」

 別に怖くはないが面倒臭い。迷惑なヤツが取り付いた生活を想像し、顔をゆがめたとき。

「なんでもいいのよ!こいし様の気を逸らしてくれたら!話してくれたらあたいがパルスィを何とかするから!」

 魔理沙はふとキスメを見た。
 未だ震えているキスメの様子から、それほどこいしは地底の中でも忌み嫌われているのだと悟った。

「………しゃーない」

「魔法使いさん!何か楽しいこと話してよ」

 素面に戻ったパルスィのことも、震えるキスメも、嫌われもののこいしも含め、魔理沙は頭を掻きながら最近あったことを話した。

「あー…? そうだな…この間香霖堂に行ったときに、香霖が本を読んでいたんだ。そしたら意味が分からないこと言ってさ」

「ああ、あの時の話ね。霖之助さんのあの話は私にも理解できなかったわ」

「何々?なにを言ったの?」

 いつの間にか加わった霊夢と一緒に話す話題はこいしの興味を完全に掻っ攫っていった。


* * *


「っていう話なんだ」

「へぇ~」

 一通り話し終えると、霊夢と魔理沙の周りは妖怪たちで溢れ、一人ひとり感想を言い出した。

「確かにその店主面白いこと言うわね」

「発想が豊かっていうか…」

「面白いねぇ」

 霊夢と魔理沙は思いのほか盛り上がったことに満足し、誇らしげに胸を張っていた。
 …が、妖怪たちの興奮はヤマメの一言によってさらにヒートアップしてしまった。

「ねぇ、さっきからたびたび出る男は…2人にとってなんなの?」

「え?」

「あ?」

 霊夢と魔理沙が呆けた態度にヤマメは更にニヤリと笑い付け加える。

「もしかしていい感じな人?」

 親指を上に突き上げ、グットマークにも見える素振りは、まさに彼氏や夫などの男の相方をさす。
 そのしぐさにボッと燃えるように頬を染めた魔理沙と霊夢に、他の妖怪たちは更なる質問をしてきた。

「人っていうか半妖っていうか…」

「っていうかあいつはそんなんじゃ…」

「へぇ!半分妖怪で半分人間?!面白いわ!」

「それでお店をしているのね~。何かいいもの売ってるかしら」

「で、かっこいいの? 容姿を詳しく教えてよ♪」

 迫り来る質問は数世紀前の偉い人間でしか聞けないほど同時に喋られ、霊夢と魔理沙はうまく答えられない。
 ただただ戸惑い、地底の妖怪が興味を指す人物が少々心配になった。

「な…なんだこの異様な盛り上がりは…?」

「ちょっと!私どうなっても知らないからね?」

「ちょっ!私のせいか?!」


 と、言うことが数日前にあったとさ。


* * *


 ところ変わって地底。
 赤と黒の壁、日の当たらない地底深くに作られた屋敷。
 その館の主は、ぬるいお茶を飲みながら地霊殿が今日も静かに存在していることに安堵していた。
 近頃は自分のペットである鴉が地底を灼熱地獄に変え、地上からの使者によって解決された。
 原因であるペットに罰は与えなかったものの、なぜ異変になる前に何か言ってくれなかったのかが不思議でたまらない。
 それほど信用がないのだろうかと寂しく思うも、それも妖怪・覚りの宿命なのだろうと自分に言い聞かせる。

にゃー

 猫の気配に地上での宴会から猫が帰ってきたことがわかった。

『さとり様』

 黒い猫又は、さとりの前にしなやかに現れ、自分の頭をコツンとさとりの顎に当てて挨拶をする。

「……おりん…楽しかった?」

『さとり様もこればよかったんですよ』

「…もう少し少人数ならいいんだけど…」

 最近は猫とも言葉を交わすことが少なくなったと思い返していた。
 次々と流れくる思念に、言っていることと思っていることが違えば自分が悲しく思うことを猫は知っているからだ。
 猫や鴉等ペット、もちろん心の読めないこいしとは随分慣れたものの、未だ大人数の心を読むことはしたくない。
 なにより自分のことを嫌っている思念を見ることはいやなのだ。
 だから今回の宴会も遠慮させてもらった。
 地上など、自分を忌み嫌う妖怪しかいないのだと、どこかで断定してしまっているさとりには地上は怖くてたまらない場所なのだ。

『今日は面白い話を持ってきましたよ』

 そんなさとりの気を知っている猫は、今日巫女と魔法使いから聞いた話をさとりに聞かせようとした。

「……? 香霖…堂?」

『はい。私の心の方を読んでいただければ今日聞いた話も分かると思いますが、きっとさとり様にとっても楽しいですよ。きっと』

「……そうかしら?」

『はい♪』

 どこか疑う目をするさとりを安心させようと、猫はめいっぱい明るく、そして楽しそうに微笑んだ。
 ただ主が好きだからそうするのだと言い聞かせるように―…。












 真っ黒なはずの鴉は真っ赤になって破顔する。

「にゅは~!鬼のおちゅかいで、お酒(しゃけ)買いにきたわ~」

 口の回らない様子から、完璧に酔いどれとわかる客にうんざりする。
 どうやら、宴の酒が切れたのを買いに来たのだろう。
 まず金銭は持っているのだろうかと不安に思ったが、とりあえず応対をする。

「…はぁ。で、どのような酒で」

「ありったけ持ってこーい!」

「はぁ」

 にかにかしながら答える鴉に、霖之助は力なく返事した。
 酒を片手に少女の元にもどり、酒と金銭を交換しようと口をあけようとすると、酒をひょいと取り上げられ、あろうことか酒瓶を一気にあおった。
 ぷはーと酒臭い息を吐きながら、鴉は上機嫌で声をあげる。

「お酒(ちゃけ)とフュージョーーン!なんちってー!」

「なんでここで君が飲むんだ?!」

 霖之助の質問にきょとんとした顔で鴉が呆けた。

「うにゅぅ?なんで私ここに来たんだっけ?」

 鳥頭だ。と、認識し、この酔っ払い鴉をどうにかしなければとを頭を悩ます霖之助だった。












 霖之助がいつものように読書に勤しんでいるときだった。

カランカランッ

 香霖堂の扉が元気よく開けられたと思えば、1人の少女が立っていた。

「やーやー君が香霖堂の店主さん?噂はかねがね伺ってるよ!」

「…君は?」

「私は地下のアイドル的存在の黒谷ヤマメ!今日は売りモノを持ってきたんだよ」

「ほう…」

 見たところ売り物になりそうなものを持っていない。
 しかし、ヤマメはスカートの下からゴソゴソと糸の塊を取り出した。

「土蜘蛛の糸はいらんかね?」

「それはいい。いい値段で買わせていただくよ」

 どこに入れていたんだと思う反面、蜘蛛の糸は高い価値を持つ道具である。
 霖之助はこころよく交渉に承諾した。

「まいど!いやぁ助かったよ!最近は鬼が活発なのか酒代がバカにならなくって」

「それは厄介だね。そういえば僕の知り合いにも酒好きが多くてね。絡まれるとまた厄介なんだ」

 霖之助は神社にいる小さな酒豪を思い出した。
 その鬼を霖之助は嫌いではなかったが、一度宴会に行ったら最後、何かと絡んでくる鬼には付き合いきれなかった。

「ふぅん。君も酒を飲むの?」

「人並み…いや、妖怪並みには」

 その言葉にヤマメはニヤリと口角を上げたが霖之助は気付かなかった。

「じゃ、お酒はここにもあるんだ」

「ああ、糸と交換するかい?」

「いいや。両方貰うわ」

 その言葉が耳に入った瞬間、どこからか蜘蛛の糸が霖之助の体にまとわり付いてきた。

「何っ?! うわぁ!!」

 動けば動くほど四肢に絡まるそれは、あっとゆうまに霖之助をすまきにする。

「うふふっ!巫女と魔法使いの言う通りね。ここはいいお店だわ!」

 酒も糸も取り上げて、ヤマメは香霖堂を後にする。
 そして残されたのは、加工も何もされていない蜘蛛の糸と、それに絡まった霖之助の助けを求める弱弱しい声しかなかった。










「…貴方…。妹の専属ペットにならない?」

 霖之助は驚いた表情でさとりの顔を見る。
 同時に驚愕の声がさとりに流れてくる。

「妹のペットが嫌なら他の部署でも構わないわ。料理なんてどう?幽霊の番でも。あ、門番…は、だめね」

 門番にするには弱すぎる。
 霖之助の弾幕の記憶は少なすぎるうえに、勝利している記憶が流れてこない。

『僕を地獄に送り出したいと言うことか?それとも他に何か企んでいることでも…』

 次々に流れる声に、さとりは頭のきれるヒトなのだと感心する一方、自分がそんなことを微塵も思っていないことを否定したくてたまらなくなる。

「……いえ、別に…そういう意味じゃないです。…いえ、そういうのでも…あったりするかもしれません」

『    』

「私は決して貴方に固執しているつもりは……違います…。そうじゃなくて、その…」

『    』

 流れる声を一つずつ聞きながら、今度は自分がしたいことが分からなくなってきていた。
 霖之助をペットにして何の利がある?妹のため?地霊殿のため?誰のため?
 
 それとも――私の、ため?

「貴方の心は……」

『ひねくれているのは自覚している』

 ちがう。そうじゃなくて、貴方の心の声は不思議と心地よいのです。
 そう言葉にすれば簡単なのに、なぜか言葉にならない。

「そうじゃなくて…その………ああ、私は何を言っているのでしょう…」

『何が言いたいのだろう。この子は』

 それを一番知りたいのはさとりであるが故、霖之助の態度に苛立ちを感じる。
 本当に苛立つ原因は自分の中にあるのに。

「あの…また来ます」

 ひとまず気付かれていないことにホッとしたさとりは、まず自分の心を整理してからもう一度ここに来ようと決意した。
 ヒトの心を読めるさとりだが、自分の心の異変に気付くのには、まだもう少し先になるらしい。











 最近地下から来たという猫が香霖堂に入り浸っていた。
 と言っても、ちゃんと金は払うし、猫の主人に香霖堂のことを言い、贔屓してくれる店にしてくれたので霖之助は嫌がることはなかった。
 その日は寒かったので、煮込みうどんを昼食にしていたときにやってきたので、その猫にもご馳走することにした。
 猫は人間の姿になったと思えば、きちんと座ってうどんをすすっている。

「ああ、熱いから気をつけ…」

 そう猫に言おうとしたときにはもう遅く、猫は口を押さえて悶えていた。

「ひゃう!あちゅい!!」

「だから少し待てと言ったのに…」

 猫に水を渡すと、礼を一つして一気に飲んだ。
 そして落ち着いたのか、霖之助に向かって指をチッチッチと揺らす。

「麺類と言うものは熱いうちに食べるのが礼儀なのよ?」

「猫なのに」

「猫と言ってもあたいは火車よ」

 火車の前に猫だと思うのだが…と、思ったが、それを言う前にふと物の本を思い出した。

「そういえば聞いたことあるな。猫舌というものは舌の使い方が下手くそなだけだと」

「なに。それじゃあたいが舌ったらずっていうの?」

「今さっき『ひゃう』や、『あちゅい』と言っていた口が何を言う」

「あれはしょうがないさ。どれ、あたいが舌ったらずじゃないところをみせてあげるわ!」

 早口言葉でも始めるのかと思えば、猫の顔は霖之助の正面にあり、これでもかと口と口が合わさった。
 猫のザラザラした舌が霖之助の口内を嘗め回す。
 息も出来ず、苦しくなったのか、口と口が離れる頃には二人して息切れを起こしていた。

「…っはぁ!」

「っんは…。…どう?これでもあたいは舌の使い方が下手っていうの?」

「……そうだね」

 ほのかに頬を染める猫に霖之助はそっけなく答えた。

「続きしてもいいよ?」
「遠慮しておこう」

 火車よりも猫よりも、まず“女”なんだと言うこと認識した霖之助であった。












 霖之助はその日の文々。新聞を広げて目を疑った。

[スクープ!香霖堂の井戸から心霊現象?!]

「……いくらネタがないからと言ってチープすぎないか?」

 しかし、そこに写っている写真は紛れもなく香霖堂の裏にある井戸だった。
 そして青白い鬼火がゆらゆらと浮遊しているのがわかる。

「…まさか、ね…?」

 半ば疑いながら、霖之助は井戸の釣瓶を引いていく。

カラカラカラ…

「?!」

 釣瓶の中には、水ではなくツインテールの少女が入っていた。

「むにゃ………え?」

 居眠りをしていたらしい少女は、眠そうに目を擦ると、目の前の霖之助と目が合った。

「君はっ?!」

「えっ あ! これは!! ………っ!」 

 霖之助も驚いていたため、怒鳴るように少女を問い詰めてしまった。
 それが悪かったのか、少女は目を白黒させて、言い訳も出来ずに口をパクパクさせている。
 そして緊張が高まったのか、悲鳴に似た奇声をあげた。

「きゃうーー!!!」

 その声と同時に霖之助の頭上から沢山の釣瓶が落ちてきたのだ。

スコンスコンスコーン!

「ぐはっ!」

 霖之助はそのまま動かなくなってしまった。
 巫女や魔法使いに聞いた店主を見に来ただけなのに、内緒で井戸に居座ってそのまま発見されてしまったのだ。
 そのうえ、このありさま。
 申し分けなく感じる反面、怖くなった少女はそのまま地下へと帰ってしまった。

「っは!あう~っ ごっごめんなさぁい!!」

 この後、お礼をしに香霖堂に行くも、またも井戸に居座り、天狗の新聞記者に発見→上に戻るをくりかえす。











カランッ

 扉のカウベルは割と静かに開けられ、それによってきた客がまともだと霖之助は思った。
 が、客と思しき少女は酷く酒気を帯びており、それだけでまともな客ではないことが見受けられる。
 額から一本の角を生やした少女は赤い杯に酒を注ぎいれ、くいっと杯を仰ぐと店内を見回し、しまいには勘定台の上にのりだした。
 その姿はさながら強盗。今にも金をよこせと言ってきそうな態度に霖之助は眉をひそめた。

「あんたが香霖堂店主さんの森近霖之助かい?」

「…君は?」

「私は星熊勇儀。酒を買いに来たんだが…気が変わった。飲み明かそうか」

 ニカリと白い歯を見せる笑顔はとても可愛らしく、首を縦に振りたくなるほどの魅力が感じられた。
 しかし、額の角はどう見ても幻想郷に居てはいけない鬼のそれである。
 残念ながら鬼と飲み明かして無事でいられる自信はない。

「今から?ここで?」

「そうだよ?何か問題あるかい?」

 さも当然のように言う勇儀に、霖之助はさらに眉をひそめる。
 敵意はないことは分かるのだが、やな予感しかしない。

「…問題は山ほどあるんだが…とりあえず悪いんだが、酒がないんだよ。土蜘蛛と鴉に取られてしまって」

「なぁに、その心配はいらないよ」

ドン

 勘定台を足蹴にするかと思いきや、台に置かれたそれはどこかで見たことのある瓢箪型の酒瓶だった。

「ここに友人から借りた伊吹瓢がある」

「それは…」

 それは博麗神社に住み着いた鬼の所有物。
 無限に酒が沸き出てくるというそれにより、香霖堂に酒がないと言っても関係ないのだ。

「それを手にしたならわかるだろう?」

「僕はしがない半妖であって鬼ではないんだが…」

 その言葉に勇儀は白い歯を見せながらニヤリと笑い、どこから出したのか杯になみなみと酒を注ぎだした。

「さしずめ“鬼ごっこ”だろう?今日はお前さんも鬼のように飲むがいいさ」

「…鬼ごっこならもう捕まっているよ」

「ん?何か言ったかえ?」

「いいや、お手柔らかにお願いするよ」

 今宵は長い夜になる。
 そう思ったところでもう逃げられないと悟った霖之助は、素直に杯に口をつけるのだった。