《パーフェクトさんすう教室IN香霖堂》



 雪がしんしんと降る昼下がり。
 寒さに耐えかねた魔理沙は、温かい場所を求めホウキで空を飛んでいた。
 この時期に暖かい場所といえば、魔理沙の中で決まっている。

 帽子に積もった雪を乱雑に払い、いつもの壷に向かおうとする。
 いつもなら雪は店内で払わないでくれ。などと文句が出てくるのだが今日は何もない。
 それよりも気付くことは店内が全く暖かくないことだ。

「香霖邪魔するぜー…って、うーさみっ!んだよストーブ点いてないじゃないかっ?!」

 魔理沙の文句に対してストーブの明かりは明々と灯っている。
 だが室内はまるで氷の中のように極寒なのだ。

 霖之助に悪態をつこうと口を開いたが、その口は言葉を発せずにただ開いたままになってしまった。

「林之助ー。これ読んでー」
「……はいはい」

 ストーブを背に、青いちゃんちゃんこ着た霖之助の膝の上には、氷の妖精であるチルノが陣取っていた。
 自分の特等席だったその場所がチルノに盗られたような気がして眉がピキリと強張った。

「で、なんでバカがいるんだ?」
「あたいバカじゃないもん。今日は林之助にオサンドンしにきたのよ」

 ふふんと鼻高々に喋るチルノに、さらに苛立つのを押さえる。

「…お前おさんどんの意味知ってんのか?」
「知ってるわよ。おっさんと一緒に遊ぶことでしょ?」

 おっさんど(と)一緒にあそぶ。略しておさんどん。……だろうか。
 ここで『ん』はどこだなどと言う疑問はチルノの前には無意味である。

「っぷ!!! だとよ香霖。やったな!おっさんだってよ」

 チルノの言葉に、魔理沙はケタケタと笑って霖之助に言う。
 魔理沙の言葉は確かに耳に入ったが、霖之助は顔を青くし、わずかに震えることしかできない。

「…今僕は限りなく寒さに耐えているんだ…。君も温まりに来たのなら諦めるんだね。ストーブほどではないがちゃんちゃんこはあるよ」

 その言葉ですぐに帰ると思われた魔理沙だったが、意外にも店の奥に進んでちゃんちゃんこを取りに入っていった。
 その様子に呆けていると、頬を膨らませたチルノがバタバタと足をばたつかせながらせがむ。

「ねっ!この問題読んで!」

 霖之助の膝の上に座るチルノが広げるそれは、『さんすう』を学ぶための本である。
 先日「夏に来て欲しい」と霖之助は言ったのだが、何を思ったのかチルノは真冬である今日日(きょうび)に来るようになったのだ。
 せっかくの暖かくしてくれるストーブも、冬の季節によって調子のよいチルノの前には無意味なだけである。

 そして、あろうことかチルノは自分の膝の上に乗ってくるのだ。寒さも増すというものである。
 さっさと追い出せばいいのだろうが、以前土産(腹いせ)として店を氷付けにされてしまったことがあったのでそれもできずにいた。
 だから霖之助はわがままな氷の妖精の言うがままになっている。
 なんともおかしな話である。

「…紅魔館からバスが発車しました。紅い悪魔とその従者、あとその他の計3人が乗りました。白玉楼でその他が降りて半人だけ乗りました。マヨイガで悪魔と従者が降りました。さて、今バスに乗っているのは何人でしょう…ふむ」
「えっとー…。分かった!答えは1人ね!当たってるでしょ!?」

 ニッコリと満面の笑みで答えを言い当てるが、霖之助はふん。と鼻で笑ってその答えを否定する。

「違うな。この答えは0人だ」
「なんでぇ?!1人でしょ?だって半人半霊の魂魄妖夢が乗ってるじゃない」
「そうかい?この本は幻想郷で出版されているという点で考えれば簡単じゃないか」
「え?」

 まだ分からないという顔をしているチルノに、霖之助はさも当たり前のように言い放つ。

「幻想郷にバスなんてないじゃないか」
「なるほどー」

 チルノが納得していると、店の奥から赤いちゃんちゃんこを着た魔理沙が戻ってきた。

「いー加減湖に帰れよ。ストーブがまるで効かないじゃないか」

 要するにチルノが居なくなればいいこと。
 それは分かっているのだが、チルノは動こうとしない。

「あたいは今林之助となぞなぞの出し合いっこしてるの!ねー次はー?」
 
 魔理沙を無視し、霖之助に問題を催促する。
 ちなみに出し合いっこはしていない。霖之助に問題を読ませているだけである。
 その様子に魔理沙は苛立ち、霖之助はため息をつきつつも、言われたとおり問題を読み上げることしかしなかった。

「りんごが5つありました。闇の妖怪が2つ食べました。残りは何個? …こんな簡単な問題を書籍化して何が楽しんだろうな」
「えっとー…。りんごが5つあって…2個ルーミアが食べたんだからぁ?…さ、3個…かしら」

 さっきよりも自信なさそうに答えるチルノに、霖之助は先ほどと同じように鼻で笑って否定する。

「答えは0個だ」
「なんでぇ?!」
「よく考えてみるんだ。あのルーミアがりんご2つで満足するとは思えない」
「それもそーね。答えは0個!」

 納得したチルノに、霖之助はうんうんと頷いている。

 しかし、魔理沙は眉をひそめて2人を見ていた。

「香霖…それ本気で言ってるのか…?」

 魔理沙の質問にさもありなんと思うような顔で、問題の書かれた本を見せつける。
 その本は、丸文字で『幻想郷さんすう1年生』と書かれていた。
 可愛らしくイラスト化された猫と狐が表紙は、どこか間の抜けた雰囲気をかもし出している。

「? この『幻想郷さんすう1年生』は幻想郷の中での算数なんだろう?なら単純に計算してはいけないと思うんだが」
「答えはどこだ。この本の答えを出せ」
「残念ながら失くしたそうだ」

 『幻想郷さんすう1年生』は元々チルノがどこかから拾ってきたものらしく、香霖堂に持ち込まれてきた時点で答えはすでになくなっていた。
 あっけらかんと言い放つ霖之助に業を煮やした魔理沙は乱暴に本を奪い、本の最後のページを見開いた。出版所に殴りこんで答えを貰ってこないと、算数さえも間違える目の前の男が不憫に思えたのだ。

「出版社はどこだ?!………ボーダー書籍だとぉ?! うさんくせー…」

 魔理沙は眉間に皺を寄せて、やはり乱雑に本を霖之助に返した。
 そして、行き場のないイライラを床にぶつけるように地団太を踏む。
 関わりたくない。そんな印象をもつ会社に答えを貰いに行きたくないのだ。

「ねー次はー?」

 魔理沙の憤りなど感じられるわけもなく、チルノはのん気に問題の催促をしていた。


***


「そういえば霊夢んとこの神社にウサギが忍び込んだっていうの聞いたか?」

 熱いお茶で暖をとっていると、魔理沙のイラつきも納まり思い出したように口を開いた。
 ちなみにチルノは『幻想郷さんすう1年生』の問題を必死に解いている。
 足の冷え込みも納まり、ホッとしていたときの魔理沙の話題。

 ふと博麗神社の様子を思い出してみるも、記憶にあるのは大勢の妖怪と沢山の酒瓶しか思い出せない。

「あの神社にはウサギどころか妖怪から鬼までなんでもかんでもやってくるじゃないか」
「なんだか壷を1個割ったらしいな」
「壷?!」

 “壷”という単語に異様に反応した霖之助の顔は、寒さとはまた違った青に染まっていた。
 パクパクと口を開閉し、何かを言いたいようなのだがうまく言葉にできない。
 そんな霖之助の代わりかのように、ひらめいたチルノが口を開いた。

「あ!それ問題にできるじゃない!被害額はい~くらだっ?!」
「たしか…あれは…」
「ぶっぶー!正解は0円でしょ!?だって霊夢がそんなお金持ってるわけないものー」

 やっと出た言葉も、せっかちなチルノには答えとしても判断してくれなかったようだ。
 幻想郷さんすう1年生…なかなかやるわねー。手を顎に添えながら、チルノは本に向かって感心したように呟いた。

「あ…ああ、あぁ…」
「香霖?」
「? どうしたのよ。めがねずれてるわよ?」

 大きくうなだれる霖之助の気持ちは、今の2人には分からないものだった。


***


 あれは、雪の降る数日前のことだった。

「霖之助さん。至急で悪いんだけど壷を貸してくれないかしら」

 冬だというのにいつも通りの巫女服を着た霊夢は、壷を求めて香霖堂までやってきたのだ。

「壷?どんなことに使うんだい?」
「最近里に迷惑かけてるやついるらしくって。そいつを封印しろって依頼がきたの」

 閑古鳥鳴く神社にお払いの依頼がくるなんて珍しい。
 そんな言葉が出そうになったが、閑古鳥が鳴くのは神社だけではないことを身をもって体感している霖之助が、ぐっと台詞を喉に押し込めた。

「ふむ…で、どんな壷を」
「出来るだけ高価な壷でおねがいするわ」
「高価…貸すと言うのなら返してくれるんだろうね」

 きっとまた返すことなんてないに違いない。
 ジト目で霊夢に詰め寄るが、霊夢はまるで人事のように話す。

「返すんじゃない?」
「?」

 霊夢は、自分の手で球を作りながら、今回の依頼内容を霖之助に教えた。

「金霊(かなだま)っていうもの…霖之助さんなら分かるでしょ?」
「たしか通り玉のような物で、これを手にした者の家は栄えるという…」
「そう、でもこの金霊を傷つけちゃったみたいで」
「それは大変だ」

 金霊はそのままの姿で保存しなければならず、加工したり傷つけたりすると、家は滅びてしまうという伝えである。
 事実、今人里ではその傷ついた金霊が家々を回り、里全体の経済状態が最悪に陥っているとのこと。
 そして、得意げに霊夢は指を立てて言う。

「で、その傷ついた金霊の治癒をしようと思って」
「で、あわよくば神社に祀ろうと、そういうことか」
「うれしくないの?祀った日にはツケも返せるわよ」

 まるで悪徳奉行のような霊夢の顔に、つられて霖之助までも頬を緩ませた。

「なるほど。それならうちで一番高値(たかね)の壷を用意しよう」
「よろしくね」

 そんなやり取りが香霖堂であったのだ。
 割れた壷の値段は霖之助しか知らない。


***


「紫様ー。幻想郷の学力向上を目指すからってこんな本出しても効果ないと思うんですが…」
「今や学力社会。今は御阿礼の子がいるからいいけど、稗田が転生をしている間、幻想郷全土の学力は低下してしまう…。これを考えるといい案だと思ったんだけどねー」
「里には寺子屋ありますしね」
とかなんとかあったりして。


***


「そうだ!またかしこく最強になったから、今度さんすう教室を開くことにするわ!」
そしてパーフェクトさんすう教室に続く…と面白くないですか?