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その日の紫はいつか魔理沙の持っていた箱よりも一回りは小さい箱を見つめて言った。
「最近のポッキー業界は厳しいものなのよ?スティックビスケットにチョコを付けるお菓子も増えてきて、売り上げ伸ばそうと珍しい味を開発したりして。でも私イマイチ好きになれなくって…。トロピカル味とかあまりにもピンとこなさ過ぎると思わない?いくら高級化を計ろうっていっても考えることは浅はかよね。スティックチョコといえば私あれ好きだったわ。名前が…そう『やんやんツケ棒』って言ってね?スティックビスケットに自分でチョコレートを付けるの。ビスケットがなくなったあと、余ったチョコレートを小指に付けてね?パクって。それがおいしく感じるから不思議よね」
「…で、何がしたいんだい?」
一頻り語ったと思えば、霖之助の質問に妖しげな笑みを浮かべながら答える。
「この間はポッキーもトッポも食べられじまいだったでしょう?これはラッキースティックといって正真正銘幻想入りしたお菓子よ。どう?食べたくない?外の世界のお菓子…興味なかった?」
「……」
“ラッキースティック”と呼ばれる菓子の箱は、いつかの魔理沙が持ってきた赤い箱よりも古い印象を思わせる箱だった。
ポッキーもプリッツも幻想入りしないものならば、霖之助が食すのは今しかない。
外の甘味にも興味がないわけない。
ただ目の前の妖艶な笑みを放つ大妖怪の言いなりになることを控えたかったのだ。しかし、元来ウソのつけない顔は、羨ましいという文字を浮ばせる。
「ふふっ その顔は興味があるみたいね。じゃあ…あーん」
突き出された菓子に、霖之助はますます怪しむ。
「……いや…そのお菓子だけくれればいいんだが」
「レプリカ(偽者)でも毒入りでもないわ。貴方の能力があればわかるじゃない」
確かに名前は“ラッキースティック”。用途はお菓子であることは能力によって確かめ済みである。霖之助が怪しむのはそのような意味ではなく、紫が企んでいることを怪しんでいるのだ。
「…いやそうじゃなくて」
「早くくわえないと下の口からねじ込むわよ」
「分かった」
くわえた瞬間。閉じた唇には何も挟まれなかった。
ただ空気だけが口に入るなか、唇にはやわらかな何かが当たる。
ちゅっ
「?!」
それが紫の唇だと分かったときには、身を半分ほどスキマの中に入れた紫がクスクスと笑みを浮かべていた。
「ポッキーゲームのいいところは自然に唇が奪えることよね」
彼女は音もなくその場から消え去った。
呆然とした霖之助のみ取り残された店内で、一言。
「……外の菓子を味わってないんだが…」
どうやら外の菓子を味わうのは、もう少し先のことらしい。