《テーマ:いねむり》

 

~ゆかりん~

「…紫?」
「なに…?」

 カラスの鳴く声で目覚めた。
 あたりは橙色でいっぱいで、ここがどこなのか確信を持つのに時間がかかった。
 自分の家の縁側だと気付くと、目の前には紫がいた。

「…僕は寝ていたのか?」
「そうよ。私の膝枕で」
「…」
「なかなか眺めがいい?」
「いや…」
「腿が気持ちいいとか」

 正直自分の枕より寝心地がよかった。だから目覚めたとはいえ今も起き上がることもせず、紫の腿に頭を預けていた。
 しかし、そんなことを言えば、この大妖怪は何をしでかすか分からない。だから何も思っていないように振舞う。

「そもそも僕は寝た覚えがないんだが…」
「そんなことないわよ!すやすやと寝てしまいましたわ」

 何か隠すように慌てる紫を僕はジト目で睨みつける。
 紫はプイッと視線を外してしまった。

「そんな目で見ないでください」
「おもいっきり疑っている目なんだが…」
「もう…そうゆう目をする人にはこうよ」

ちゅ

 彼女の唇は自分の額をかすめた。

「なぁ?!」

 突然のあまり身を起こして驚いた。

「あら残念外れちゃったわ。霖之助も起きちゃったし、おいとまするわね」

 すっと立ち上がるとこちらを見ようともせず帰っていく。
 自分も寝心地がよかったことを黙っていたので、紫の顔が赤く見えたのは黙っておくことにしよう。

 顔が赤いのは夕日のせいか。本当のことは彼女しか知らない。

  

イエス!少女臭!

 

 


 

 

 

 


~すいりん~

 鬼でも夢は見る。
 今日はいい夢だった。
 霊夢がこっち見て笑ってる。
 ここにおいでなんて甘い言葉が聞こえる。
 いつもの雑用とかじゃなくて、笑顔で手を招いてる。
 霊夢の周り酒がいっぱいあるじゃないか!
 え?霊夢酌してくれるのか…!ああ、私は幸せ者だ!
 鬼一番の幸せ者だ!
 なんだ。膝枕なんて照れるじゃないか…!
 ぅえ?どうしても?し、しかたないなぁ…よっこいっせ?!

***

「んあ…?」
「起きたかい?」

 頭上から声がする。
 それもそのはず、頭上には霖之助の顔があったのだ。

「りんのすけ…?」
「ああそうだ」
「この枕寝心地悪い…」

 枕が悪かったのか首が痛かった。

「悪かったね。寝心地悪くて」
「?! これ霖之助の膝?!」

 文字通り、私は霖之助の膝に頭を預けていたのだ。
 酔っ払って霖之助に絡んだところまでは覚えているのが、どのように膝を借りたかまでは記憶になかった。

「膝と言うより腿と言ったほうが正しいと思うがね」

 霖之助は膝枕という名について思案し始めるが、私は硬くてしょうがないこの膝枕について文句を言おうとした。

「つか硬ったぁ!何コレ石?!」
「腿なんだが…」
「うそだぁ!だって霊夢の膝枕はもっと…」

 以前ふざけて膝枕してもらったときはもっと柔らかかった。
 いい匂いもしたし、なにより暖かかった。
 まぁ、この枕も暖かいんだが…でもなにより硬い。
 何か敷いているのではないかとも思ったので霖之助に聞こうとしたら、目が合った。

「?」

 霖之助は思考の止まった私に首を傾げているが、そこで私は気が付いた。

「う…ううん。なんでもない…」

 分からなかったのが恥ずかしくなる。
 目の前の、頭を預けている人物は『男』なんだってね。

 男として意識した瞬間。


男性の膝枕って硬いイメージがあります(筋肉質で)。

 



~ちぇんりん~

 私は橙。
 今日は香霖堂に遊びにきたよ。別に用はないんだけど店主さんに会ったら楽しくなるような気がしたの。
 なんでって?うーん…野生の勘かなぁ。
 でも…来たのはいいけど…

「こんにちわー…あれ?寝てる…」

 店主さんったら縁側で寝ちゃってる…

 むー…つまんないなぁ…勘ははずれちゃったみたい。
 でも、こんなところで寝てたら風邪引いちゃわないかな…?
 布団…あ!人様のお家の押入れは勝手に開けちゃダメって藍様が…えっと…えぇっと…

***

「う~ん…く、苦しいぃ…!って…橙?」

 霖之助は金縛りのような体の重さと息苦しさを覚え目覚めると、自分の身の上にいる人物に驚いた。
 自分の腹の上で橙が寝入りこんでいたのだ。
 自らを布団になったはいいもののそのまま眠ってしまったようだ。

「すぴー…すぴー…」

 時々むにゃむにゃと寝言を呟く橙に、霖之助は軽く息を吐くと橙を来客用の布団に寝かせることにした。
 自分はというと縁側で読みかけの本を開き、橙の迎えが来るのを待つことにした。

 

橙は乗っても重くないよ…!

 



~らんりん~

 縁側では僕と八雲の狐が座っていた。
 いつも僕を毛嫌いしている狐はとくに何もしないて隣に居座っている。
 香霖堂で昼寝をしている橙が目覚めるまでの辛抱だとか。
 だからと言って僕の隣に座ったことは驚いたが、喧嘩を吹っ掛けられるよりは幾分ましだ。
 隣から弾幕が飛んでこないことを祈りながら、僕は視線を本に集中させ、とくに会話もない静かな昼下がりを過ごしていた。
 どれくらい経ったころだっただろう。いや、実際はそう経ってはいないのだろうが、突如肩に重みと温かさを感じた。
 やんわりと弾幕を押し付けられているのだろうか、はたまた妖怪特有の術だろうか。
 そんな不安を思いながらゆっくりと藍の方に視線を移すと、そこには頭が見えた。
 顔なんて見えない。いつもの帽子の柄が目いっぱいに映る。
 耳を澄ませば規則正しい寝息までも聞こえてくるではないか。
 昼寝というよりこれは居眠りだ。
 いつもならこんな姿見せないだろうに。
 もし見せていたのなら、それこそ僕の命が危ういかもしれない。
 起きたときの慌てふためく姿を想像すると自然と笑いがこみ上げてくる。
 肩を揺らすと隣から小さく身じろぎをする少女がいた。
 僕はハッとして姿勢をもどす。
 今の僕にはただ肩を揺らさないことしかできないからね。

 この後、目覚めてまっかっかな顔で慌てふためき、叫び散らして橙が起きるのはまた別の話。


どうしてもうちの藍様はツンデレになってしまう…。

 



~ゆかりん アナザー~

 今膝に乗せているのは紛れもなく私の好きな人。
 本を読みながらウトウトしているところを私の膝が枕になるように運んだのだ。
 方法?もちろん幻想郷特有の不思議パワーで。異論は認めないわ。
 それよりも私は想い人の頭をなでることに夢中なの。
 最初は一回のつもりだったけど霖之助の髪って柔らかいんだもの。

 手が…離れない。

 サラサラと流れる髪が指をすり抜ける。
 髪の色と同じ色のまつ毛が長い。
 夕日の赤も相まって銀色が光って見える。
 つい形のいい唇に視線が行く。
 惚れた弱みか、どうにもかっこよく見えてしょうがない。
 なんで好きになったのか、そんなこと覚えてないわ。
 惹かれることに悪いことはないはずだもの。
 相手にどう思われているかは…気にしてはいけないわ。

 …本当は一番大切なことだけど。
 あー…私は霖之助から苦手と思われている。
 知っているに決まっているじゃない。
 そこまで私は莫迦じゃないわ。
 でも、私は好きだもの。諦められるわけがない。
 
 いつか…いつか私のことを好きになってもらえるように…私は彼の唇に自分の唇を当てようとした。
ただのおまじない。
 彼の心が私に向くように。
 しかし、そのおまじないは失敗に終わってしまった。

「…紫?」
「なに…?」

 いつか…いつの日か、貴方が私に振り向いてくれますように…。


一途なゆかりんでもいいじゃない

 


 

~居眠り~

 午後の神社はシンとしていてどうしても眠気を襲う。
 秋らしくないカラッとした日差しが境内に照り付けている。
 この日差しを浴びながら、縁側で昼寝をしてもいいだろうといつもなら思うはずであった。
 しかし、秋と言う季節は、紅葉の季節でもあり、掃除をサボればあっという間に境内は落ち葉だらけになってしまう。
 博麗神社の巫女こと、博麗霊夢はため息をこぼしながらホウキを掃いていた。
 赤・黄・茶の様々な葉っぱは、掃いても掃いても空から舞い降りてくる。

「あーっもう!確か山に落ち葉の神様がいたけど私に恨みでもあるの?!」

 霊夢が妖怪の山に入り、神である秋姉妹をケチョンケチョンにした記録は、霊夢にしてみればもう記憶にない。
 痛い目にあわせたほうがいいのかしら。と考えて、いい加減山になった落ち葉をまとめて捨てようと思ったとき。

ブワッ

「きゃっ」

 霊夢の短い悲鳴と共に落ち葉は秋風に吹かれて宙を舞う。
 舞い落ちるその様子は幻想的で、霊夢は青空に溶け込む赤や黄色に見入ってしまった。

 幻想的な風景は一変して、いつもの神社に戻った。
 霊夢は白い目で神社を見渡して、大きくため息をつく。

「…本当に溶ければよかったのに」

 突如現れた風に、折角集めた落ち葉は境内の隅から隅まで行き渡っている。

「もういいわ。また明日することにするっ!」

 ホウキを手放して昼寝をすることに決めた。


* * *


「なんで魔理沙がいるのよ」

 縁側には先客がいた。
 一番日差しがあたり、かつ干しておいた布団に丸まっている。
 魔理沙は霊夢の声に身じろぎすると、さらに布団の中へと潜り込んだ。
 まるで猫のようなしぐさは、その場所で昼寝をしようとしていた霊夢にとっては苛立ちを感じずには応えない。

「いい加減どきなさい!」

 一気に布団をはぐと、魔理沙は秋特有の肌寒い風が気に入らないのか、眉をひそめて丸くなる。

「ほら!さっさと起きる!」

 なおも霊夢の乱暴なモーニングコールは続くが、魔理沙が起きる気配は一向にない。
 そして心底嫌そうに顔をゆがめて一言。

「香霖…あと少しだけ…」
「………」


* * *


「いたたた…」
「ほら、さっさと片付けなさい。風で落ち葉が舞ったなんてあったら後が大変よ」

 秋空の下、魔理沙は境内の落ち葉をホウキで掃いていた。
 もちろんホウキは魔理沙の飛行用のホウキではない。
 赤や黄色や茶色、秋色の落ち葉を掃く姿は魔理沙だけに対し巫女は悠長にお茶をすすっている。
 そんな霊夢に魔理沙は自分の腰を撫でながら文句を言う。

「確かに勝手に布団を借りて昼寝していたのは悪かったと思うが…なんで私が神社の掃き掃除なんかしなくちゃいけないんだ?しかも起きたら体中痛むし…霊夢私に何かしたのか?」
「魔理沙がしたんでしょ?」
「あー?」

 一瞬にして険悪なムードになる。
 しかし、弾幕ごっこになる気配はない。それは、2人ともこのようになってしまった理由が分かっているからだ。
 霊夢は真っ白なシーツがはためく方に視線を送りながら魔理沙を睨む。

「よだれを布団につけたのよ?これくらいの労働で返してくれないと承知しないわ」
「なんだかなー…」

 分かっているのだけれど、腑に落ちない魔理沙の様子に、霊夢はそっと舌をだして「ざまーみろ」と呟いた。

 

 


霖之助が出てないよ!!