《草津温泉ハップ》


 食事を取らなくとも生きていける体を持つが、客の前に出る以上清潔な体を保つことは常識である。
 この日も霖之助は今日一日の汗を流し、明日を清潔に迎えるために風呂を用意していた。

 今日は特に物を盗る白黒や、お茶を持っていく紅白はもちろん、灰色だったり紫だったりいろいろな招かれざる客、その他もろもろの人物が香霖堂に訪れたのだが、見事に売り上げに繋がるような買い物をしなかったという。
 むしろマイナスなのがネックなのだが、深く考えすぎることを霖之助はしなかった。否、しなくなかっただけともいう。

 とにかく、疲れを癒したかった霖之助は、数年前に無縁塚で拾った温泉の素を使うことにした。
 かの有名な「草津の湯」を再現させる入浴剤が幻想に入ったことは理解できなかったが、珍しい拾いものに使うことを渋っていた。
 しかし、今日は自分を癒す手段はもう選んでられない。
 霖之助は早く湯に入りたくてしょうがなかった。

 湯煙の立ち込める風呂場で軽くかけ湯をすると、すぐに湯船に浸かる。
 いつもより湯を熱めにしたからだろう、手先・足先がビリビリと痺れる感覚がした。
 そのまま痺れの治まった腕や足を伸ばして大きく息を吐くと、肩まで浸かって天井を仰いだ。
 そしてふと、伸ばした腕に何かが当たる感覚があった。
 こんなところに物を置いただろうか、そんなことを思いながら“物”があるだろう方向へ視線を送ると…。

「このお風呂不思議ね。人骨みたいに真っ白だわ」

 それは地底に住むはずの妹君。
 古明地こいし。
 広くない湯船に一緒になって入っていたのだ。
 もちろん風呂である以上一糸纏わぬ姿である。
  眼鏡がないための幻視とも思ったが、こいしの「これは骨を削って入れたの?」などという声により、確実に隣に居ることを認識してしまった。

「………ごめんっ!!」

 霖之助急いで風呂場から立ち去った。
 もちろん隠すところは隠しながら。
 そんな霖之助の出て行く様子を見ながら、こいしはパチャリと水音をたてて首を傾げた。

「なんで謝るのかしら?」