《こけのむすまで》

 コンコンコン

 どこからか何かの音がする。

なんだろう?

分からないけど、不思議と不快じゃない。

コンコンコン

この音は…なんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 霖之助は私のことを可能性のある“小石”と言った。
 小石は磨けば綺麗になる。
 それで私もきっと綺麗になるの。

 あれから一度家に帰って、お風呂で赤くなるまで体を磨いてたら、お燐やお空に止めれちゃったわ。
 肌も荒れちゃうし。磨くって難しいわね。

 そこで私は磨く元になった和歌について知りたくなった。
 正直和歌なんて詠まないし、興味がなかったけど、気まぐれで調べる機会ができたの。

 真っ赤な館の本が沢山ある場所。
 気が付けばたどり着いていたところ。
 ここは静かなところね。
 魔法の本が多いけど、よく見たらいろいろなジャンルの本があるわ。

 あ、これ面白そう。…うん、魔法使いもやっていたもん。持って帰ろう!
 本を両手で抱きしめてふと気付く。
 ……そうじゃなくて!いけないいけない!和歌和歌。君が代君が代!

 西洋の本が多いこの場所で、その本はひっそりと、静かに存在していた。
 まるで私を待ってたみたいに。こんなことを言ったら都合が良すぎるかしら。

 えっと…何々?
 確かに細石(さざれいし)は小石のことだわ。何千、何万年と長い月日をかけて巌(いわお)になるのね…。
 うーん…。何千何万年と待てないわ。もっと早く手に入れられないかしら…。
 仮に何年後に力を手に入れるころには私「こいし」じゃなくて「いわお」って隆々な名前に改名しなくちゃいけないのかしら…。
 古明地いわお…うーん。
 岩じゃなくてもっと可愛い名前ならいいのに…。
 えっと? 和歌の現代語訳は…。
 ふむふむ…。
 これは…。



***

 

 


「霖之助!」
「わぁ! …こいしか」

 また驚かしたみたい。驚かそうとしてるわけじゃないのになぁ。
 ていうか無意識なんだし仕方ないじゃない。いいかげん霖之助も慣れてもいいのに。

 口をヘの字にしていた私に全く気付いてた様子はなく霖之助はのん気に尋ねてくる。

「何か用じゃなかったのかい?」

 そこで私はここに来た理由を思い出した。

「あ!そうそう!君が代!私あれは恋の歌だと思うの」
「え?そうだったかい?たしか大君に向かって歌った詩だったと思ったんだが…」
「私本で読んだの。君が代の“君”は“恋しい君”、恋人の長生を祈る歌だったのよ。命短い恋人に贈った歌だなんてロマンチックよね」

 本で見た君が代は、まるで恋焦がれる相手へ思慕を伝える詩(うた)
 うっとりとその様子を思い浮かべながら、持っていた本をギュと抱きしめる。

「…で、この本はどこから…?」

 …霖之助のその言葉は夢見気分の私を一気に現実に引き戻した。
 目の前にいる霖之助が、思い浮かべた“君”に見えて一瞬と惑ったけど、本を指していたことは分かったのでさっきまで居たお屋敷を思い出す。

「え? えっと…真っ赤な館の…」
「黙って持ってきたのかい…?」
「うん。だって魔法使いもやってたわよ?」

 いつか来た魔法使い。霧雨魔理沙。お姉ちゃんをも負かしたすごい人間。
 この間宴会をやってとっても楽しかった思い出があるわ。

「魔理沙め…」

 霖之助は苦虫を噛み潰したような顔をしたと思ったら、顔に手を当てて空を仰いだ。

 もともと巫女さんたちから聞いた香霖堂という店。森近霖之助という半妖。
 魔理沙や霊夢が詳しい霖之助は、逆に言えば霖之助も魔理沙や霊夢に詳しいってこと。

 霖之助は今。何を思っているの?
 魔理沙のこと?
 霊夢のこと?

 …こういうときの霖之助の心の中は少し気になる。
 ちょっとだけ心の中が見たいなって思うけど…やっぱり怖くなっちゃうのはなんでだろうね?

 そんなことを思いながら、霖之助は私の持っている本を指して言う。

「返してこようか」
「えー?なんで?」

 せっかく持って帰ったのに!
 まるで意味がないじゃない。

「魔理沙のことは真似しちゃいけないよ」
「そうなの?」
「盗むということは悪いことだからさ。そのうち真っ赤な館の妖怪はもちろん、君の姉からも怒られるよ」

 紅いお屋敷の妖怪に負ける気はしないけど、お姉ちゃんに怒られるのはいや。
 私は顔を歪めて首を振る。

「それはいやぁ」
「だろう? ほら、一緒に行ってあげるから返しに行こう」
「え?」

 霖之助と?一緒に?
 それは…まさか…。

「……デートだわ」
「え?」

 私の声は小さくて聞こえてなかったみたい。でもいいの。だって嬉しいもの!

「なんでもなーい」

 一緒に外に出て、一緒に土を踏む。
 普段はふらふらと飛んでいるからなんだか新鮮だわ。
 横で歩く霖之助の横顔を垣間見る。

「えへへ」
「?」

 知らず知らずに微笑む私を、霖之助は不思議そうに見ている。
 ひとりでに上がる口角を我慢しながら、私は霖之助に尋ねた。

「ね? 手、つないでいい?」

 無意識で動く私を捕まえておくためか、それとも霖之助の無意識の行動か、彼は「いいよ」と言って優しく私の手を取った。

『いいよ』

 その言葉は霖之助の心から聞こえたような気がして、嬉しくて握った手に力を込めた。





 コンコンコン

どこからか音が聞こえる。

コンコンコン


 第三の瞼をノックするのはだぁれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<2009,2,25 加筆修正>