《さざれいしのいわおとなりて》



 以前僕のことを友達と信じた妖怪・覚(さとり)の少女こいしは、知らない間に店に入っては僕を驚かしていた。
 それは日に日に過剰になっていき、寝床に現れたときはさすがに参った。
 叱って逆切れ→香霖堂閉店のお知らせなんてことになってしまっては困りものだ。
 僕は慎重にかつ優しく、刺激をしないように諭す。

「いいかい? いくら僕が君の友達であっても一緒に寝床を共にすることとは違うことなんだ」
「そうなの? 私いつもお燐やお空と一緒に寝てるのに」
「それは家族だからだよ」

 こいしは興味なさそうにふーん…と呟くと、目を輝かしながら僕に問う。

「ねぇ!そういえば電池はどう?研究進んでる?」
「…いや、それは…」

 魔理沙が見つけてきた石同様、式神の一部になることは分かったが、コンピュータを裏返しても電池を挿入するような穴は見当たらない。
 先日、大きさは異なるが、ちゃんと電池を挿入するような場所がある機械を見つけた。
 たしか名前が“テープレコーダー”だったような気がする。

 つまり、力の量およびどのように呼びかければ動くのか全く分からないのだ。
 大して進んでいない研究は、こいしに言うべきものではないだろう。
 どのようにごまかそうかと唸っていると、残念そうに顔を歪めて僕の顔を見つめるこいしがいた。

「…貴方ウソが下手くそね。覚りがなくても分かっちゃうわよ」

 いつか魔理沙にも言われたそれは、僕の短所か、それとも長所なのか。
 ウソのつけない顔を摩りながら、研究を急かす目の前の少女が逆上しないか不安になった。
 「早く分かってよ!!」なんて言いながら襲い掛かってくることを恐れているのだ。
 じわりと冷や汗をかきながらこいしの様子を垣間見る。

「研究は難航なのね。困ったわ」

 どうやら気分を害してはいないようだ。未だこいしと言う娘の思うことが分からない僕としては、気が気でない状態なのである。僕は思わず安堵した。

「……ほっ」
「ほっ?」
「なんでもない。電池で思い出したんだが…。君はなぜ力に固執するんだい?」
「え?だって力があれば楽しそうじゃない」
「………」

 ごまかしついでに聞いた問いは、明瞭かつ簡単に答えられた。
 いや、妖怪相手に深い答えを期待するほうが無駄なのかもしれない。
 十分力を持っているだろう少女は、これ以上力を欲するのか…。

「お空は神様にその力を貰ったっていうから、私も神様のもとに行ったんだけど…くれなかったわ」
「(そりゃそうだ)」
「え?」
「なんでもないよ」

 時々本気でこの子が覚りの力を失ったことが疑わしく思うときある…。

 …もしこの子が力を手に入れた場合、試し撃ちと言って僕の店や僕自身を的にする可能性はなくもない。
 友達と慣れ親しんでいるこの子も、癇癪を起こして逆上なんていうことも考えられる。
 それくらい僕はこの子を恐れを感じているのだ。
 つかみどころのない空気のようなこの少女に。

「ごほん…いいかい?力と言うものは他者から貰っても意味はない。なぜなら力とは自分で制御しなければ力といえないからさ」
「そうかしら?私だったらお空のあの力だって制御できる自信があるわ」
「そうだろうか」
「そうよ」

 うーん…。
 力を求めることを止めさせようとするも、やはり一筋縄ではいけないようだ。
 ならば、時間稼ぎくらいの猶予を求めてみようじゃないか。

「…考えてみてごらん。あの鴉に付いた力を。力を宿した鴉は少し頭が弱い状態になっただろう?」
「あれは前からのような…」
「きっと力を宿したせいで頭の容量までもいっぱいになってしまいパンク状態になったんだろう。そうじゃなければ、君のペットは力を手に入れただけで異変を起こすなんて愚かなことをする子だったのかい?」
「うーん…どうかしら?私なら確実に殺戮の方向へ…」

 まったく…この子の頭の中は地獄絵図しか載っていないのかっ!!

「きっとそうだ!いや絶対力のせいだ!!もし君が力を手に入れてしまったら君は君じゃなくなってしまうだろう!!」
「そうなのかしら…? じゃあ力を手に入れて私が私じゃなくならないためにはどうすればいいの?」

 …意地でも力を手に入れるつもりか…。

 半ば強引ではあったが、力に関して興味のベクトルは別方向へ向いたことに安心する。
 さて、ここからどう言いくるめるか。

「えーあー…こんな言葉がある。“君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて こけのむすまで ”」
「国家ね」
「ご名答。もともとは古今和歌集に出典された和歌だといわれているんだが、君が代の中の“さざれ石”は細かな小石のことを指しているんだ」

 自分の名前である単語に興味を示し始めたこいしは、熱心に僕の話に聞き入っている。

「君が代の中の“さざれ石”はのちに“いわお”になる。これは月日を重ねるごとに小さな小石は大きな岩になるということ。つまり、こいし。君にはまだ大きな力は早いということさ」
「待って。小石が大きくなることなんてあるの?」

 遠まわしに物の判別が掴める大人になってから力を手に入れなさいという言葉なんだが、やはりこいしにとっては別のことが気になるようだ。

「確かに道端に落ちている石が大きくなることはありえないことだが…。よく考えてみてくれ、道の石がどれもこれも大きくなってしまえば、今や道なんてものはないよ」
「岩だらけでは確かに歩けないかも…」

 でも私飛べるわ。と言い掛けたこいしを制するように、僕は無理やり会話を進める。

「だろう?選ばれた石しか大きくなれない。僕が思うに、選ばれし石というものは君の鴉しかり、神に選ばれたものなのさ。」
「だから私も神様に頼みに…」
「君は頼みに行って選んでもらえなかった。ただそれだけさ」

 このままこいしの言い分を聞いていたらふりだしに戻ってしまうと思ったので強引に話を終わらせようとする。…―が。

「じゃあ誰が私を選んでくれるの?」

 …まだ言うか。

「そうだな。さざれ石は伊吹山に多く見られるからね、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)だったら小石を岩に出来るくらいの力を持っているんじゃないか」
「それは外の話でしょう?やっぱりお山の神様に頼むしか…」
「受動的ではいつまでたっても神は選んでくれないよ。能動的にいないと」
「能動的…」

 最後の手段であるこいしでも行けない場所(外の世界)の話にすり替えようとも、どうしても力を欲するのか、またも振り出しに戻そうとする。

「君が代でも言っているだろう? さざれ石が巌になるまで栄えるようにと」
「大きな力を手に入れればいつまでも栄えることができるわ」

 …この子はっ。

「………そうじゃなくてね? つまり、何事も土台なんだよ。鴉だって霊夢や魔理沙に止められたんだ。きっと今の君では鴉同様に止められてしまうよ。それは栄え続けることと矛盾する。君は途中で止められることを望んでいるのかい?」
「いいえ? いつまでもいつまでも強くい続けたいわ」
「じゃあ今から君がやることは決まったね」
「?」

 まだ分からないのか、こいしは首を傾けている。

「君と言う人柄…妖怪柄かな? それを磨いていくのさ」
「石は磨けば小さくなってしまうわ」

 なぜわざわざ石を磨くんだ。そこはこいしを磨くんだろう。…なんて突っ込みが入れれないのが僕に意気地がない証拠だろう。
 そのかわり僕は店に飾ってある(つもりの)岩石をこいしの前に置く。
 岩石の黒い表面は僅かではあるがきらきらと輝いている。

「何?この小汚い岩」
「蛋白石の原石さ。ああ、そういえばこの石言葉に無邪気というのがあるね」

 褒め言葉と言うのは当の本人が聞いていないと褒めているとは言えない。
 君にピッタリじゃないかと褒めようとも、こいしは岩石をジッと見ているだけで僕の言葉は聞こえていないようだ。

「たんぱく…せき」

 僕は軽く息を吐きながら、床に置いてあった商品を拾い上げた。
 埃を被ったそれに息を吹きかけ、光にかざして七色に輝くことを確認する。
 小さな石だが商品だ。
 床に置いていても商品だ。

「これはこの岩石を磨いたものだ。蛋白石は和名で、西洋語でオパールと言うんだけどね」
「わぁ!綺麗!」

 オパールを手にとって日の光に当てるこいしの目は、まさにオパール色に輝いている。
 この様子に僕も知らず知らずにしたり顔になってしまう。

「だろう?小汚い岩石も磨けば綺麗になる。こいしも磨きに磨いた姿なら神様に見初められることもあるかもしれないよ」
「磨いて…綺麗になる?」

 それはこの石(オパール)のようになのか、それとも磨きに磨いて強くなるということなのか、はたまた本当に神に見初められて強くなるのか。
 力に固執するこいしのことを考えると後者としか思えない。

「…あまり強くなられると困るのだが」
「え? 何か言った?」
「いや、何も。…つまりね。君は可能性が込められた“小石”なんだよ。君は強くなるために第三の瞼を自ら閉ざした。これはとてもすごいことだと思うよ。だからと言ってはなんだけど、力を手に入れるのではなく、力を自分で作り出して上限が分かってしまってから神に頼むことをしても遅くないと思うんだ」
「……なるほど」

 こいしは顎に手をおいて納得したように何度も首を振っている。

「分かってくれたかい?」
「磨けば霖之助も見初めてくれる? 選んでくれる?」

 やっと僕の言いたいことが分かったのかとホッとしてしていると、前回同様にこいしは的外れなことを言い始めたのだ。

「…は?」

 なぜそこで僕の名前が出てくるのか疑問思う。

 何に対して選ぶんだ? 電池が目的なのか。それくらいしか僕は力を持っているないのだか…。
 そんな僕に対して、こいしは何かを期待するような目をこちらに向けている。

「見初めない?選ばない?」

 返答が遅いせいかこいしは不安げに尋ねる。
 その表情に僕は肯定のことしか言えなくなった。

「え、あ? ああ、選ぶとも」

 その言葉にこいしは花が咲いたように顔をほころばせ

「じゃあ私頑張ってみるわ」

 と、言って扉から出て行った。

 無意識のせいか、こいしはいつの間にか現れて、いつの間にかいなくなることが多かった。
 扉の閉まった音を聞いて、僕は初めてこいしが扉から出て行くのを見たのだと認識していた。