《嘘発見器の必要性》


 外には不思議なものが沢山ある。
 しかし、少女は沢山の不思議なものを求めて地上に出たわけではない。
 ただ無意識の気まぐれ。

 道に転がっている小石のように、だれも少女のことに気付かない。

 それは第三の眼を閉じたから。
 さとりである少女はさとりをやめたのだ。
 そのことに少女自身後悔はない。
 …後悔があっても、その少女にそこまで考える意思も持たなくなったから――…。

「ねぇねぇこれなんですかー?」
「?!」

 突然の少女の声に霖之助は驚いた。
 扉を開ける音も、足音、気配さえもしなかったのだ。
 鮮やかな緑色のスカートと、積乱雲をまとめたようなフワフワとした白い髪が揺れる。
 妖怪の気配が感じられないが、だからと言って人間臭いところもない。
 どこか神秘的な少女は、深緑の瞳に霖之助を映す。

「…いつの間に店に入ってきたんだい?」
「え? うーんと…さっき?」

 恐る恐る聞いてみるも、少女はとぼけたように言う。
 まるで幼いしぐさをしているのに、なぜか霖之助の背筋が冷たくなった。
 霖之助は読んでいた本を閉じて、落ち着いて店主としての態度を貫くことにする。
 客がいきなり襲い掛かってくることはない……はずだからだ。

「そ、そうかい。気付かなくて悪かったね。いらっしゃい」
「ねぇこの石はなに?」

 あくまで自分のペースを崩さない少女の指した“石”は、小さな円柱の形をしている。
 かなり前から並べられたそれは、まるで小石のように存在感のないものだった。

「これは“電池”だ」

 でんち…と、小さく呟いた少女を他所に、霖之助は「正しくは“ニッケル乾電池”だそうだ」と付け加えるが、少女には聞こえていない。
 そのかわり、うっとりしたような顔で電池を見つめる。

「とても強いエネルギーを感じるわ」
「用途はエネルギー源。君の言う通りだが、あいにく使い方は分からないんだ。こんな小石になんの力があるのかは分からないが、エネルギー源なんだ、きっと大きな力がここに凝縮されているに違いない」
「ふぅん。この石がね…お姉ちゃんのペットよりも強い力を持っているのかしら」
「ペット?」
「ええ、猫とか小鳥とかいっぱいいるの」

 未知数の力をもった電池と少女の家にいるだろうペットを比べられて、霖之助はなぜ少女が力に固執するのかと疑問に思う。
 しかし、そんな事情よりもこたつで丸まる猫や餌をついばむ小鳥を思い浮かべながら、自慢げに言った。

「猫と小鳥に比べれば力が強いと思うよ」
「本当?!」
「でもさっきも言っただろう?僕は使い方が分からないんだ」

 霖之助の言葉に、少女の期待のこもった目があっという間にガッカリとした様子に変わったので、霖之助は慌てて取って付けたようなことを言った。

「まぁ、いつかは分かる予定さ」
「それっていつ?」

 ハッと顔を上げて、またも期待のこめられた目を送ってくる。
 確かにいつかは使い方を見つけ出すつもりである。
 しかし、それは霖之助が試行錯誤して、ゆっくりと見つける予定だ。いつと聞かれても霖之助は困ってしまう。

「いつと聞かれても…気ままに探すつもりさ」
「それじゃ困るわ。私その大きな力が欲しいのよ。ねぇ早く使い方分かってよ」
「そんなこと言われてもな…」
 
 霖之助の服を引っ張りながら駄々をこねるように懇願する。

「早く早くー」

 困ったように髪を掻き分ける霖之助は、少女が疎ましくなった。
 このままでは読みかけの本も読めず、いつまでも少女が居つくような予感がした。

 なんとなくなのだが、読みかけの本の内容も忘れしまうような、気の遠くなるようなことがこれから起こる、と。
 それは妖怪の勘なのか、悪い予感しか浮ばない。

 少女の言うとおり電池の使い方を調べなくちゃならないのか、それとも物理的に気の遠くなるようなことが起こるのか。
 少女から感じた悪寒は後者としか思えず、霖之助は抜け道になるような言い訳をぐるぐると思案する。

 そして考えた結果。

『大丈夫、また明日来れば何かかが変わっているさ』

 丁重に追い出すことにしたのだ。
 “変わる”とは少女の態度か、それとも電池の使い方が分かることなのか、霖之助には分からなかったが、そのときに考えればいいだろうとあくまでプラス思考に考える。

「……じゃ、この電池の研究がしたいから早々に帰ってくれないか?」
「それって本当?」

 霖之助は内心ドキドキしていた。ウソだと分かったのか?疎ましいと思っていたのが分かったのだろうか。
 なぜが少女に見透かされているような感覚に、少女への恐怖感は募るばかりだ。

 しかし、少女は霖之助の内心とは裏腹に思ったことを聞いたようだった。

「どんな研究することで電池がわかるの?」

 つまり、電池の研究方法が気になるようだ。
 霖之助はホッとしたように更なるウソを重ねる。

「まぁ、知るためには調べたり、研究したりする必要があるんだよ。どんな研究か聞かれてもね…いろいろなことだよ」
 
 霖之助が知るのは名前と用途のみだ。つまり、あとは試行錯誤なのだ。
 水に入れてみたり、叩いてみたり、はたまたエネルギー源で思い浮かぶ魔道書を、納屋から引っ張り出して資料を探す程度である。
 一応研究といえるが、あまりそれで使い方が分かったケースは少ない。
 答えの求めることの出来ない研究が研究と名乗っていいのかは疑問なのだが、霖之助がそこまで問題視することもないので深く考えることもしなくていいだろう。
 だが、少女にそのことを知る由もない。

「知識を高める…素敵ね!」

 自分の行動を褒める少女を目の前に、追い出そうとデタラメを言っている霖之助の良心は痛んだ。
 
 しかし、次の言葉はあまりにも突拍子なく、霖之助の頭は真っ白になった。

「そうだ!その研究私のお家でやらない?」

「……は?」
「私これでも大きなお屋敷に住んでるの!研究室を設けるわ。貴方は広い研究室を持つ、私は貴方の研究結果をいち早く知ることができる!いいことだわ!どう?」

 香霖堂を営む霖之助にとって、この話はありがたい話でもない。ありがた迷惑な話なだけである。
 しかし、霖之助はウソをつく。

「ありがたい話だけど断らせておくよ」
「なんで?」
「僕の研究は僕の意思だ。僕の好きなところで僕の好きなように行動する。ただそれだけさ」

 少女はがっくりと肩を落として「…貴方なら私のペットにちょうどいいと思ったのに…」と呟いた。
 それは小さな音量で、少女の独り言ともとれる言葉だったが、さすがにこの言葉を無視できるほど霖之助は寛容ではない。

「………今、なんて?」
「お姉ちゃんのペットは変わってるのが多いの。猫なのに車だったり、強大な力を持った鴉だったり…私も私のペットが欲しかったの…。ほら、貴方半分妖怪だって巫女さんと魔法使いに聞いたの。変わった妖怪。私のペットにピッタリじゃない」
「ペット?!いやいやいや!何を言っているんだ君は!」

 猫や小鳥と一緒にされては困る。
 そうではなくても、妖怪をペット呼ばわりする少女の言うことが信じられなかった。
 少女は「分かったなら話は早いわ」と言って霖之助の手を握る。
 何の話だと罵ろうとも、握られた手が思いのほか強く、背筋が凍るばかりでうまく声に出ない。

「貴方ならきっとお燐もお空も仲良くしてくれるわ。じゃあ行きましょう?」
「待て待て!さっき言っただろうお断りだって!」

 やっと出た言葉に少女は手を放して頭をひねる。

「本当? うーん……じゃあ家畜は?」

 何をどう思ってペットよりも酷い扱いになったのか分からなかったが、霖之助は家畜の仲間に入ることも断った。
 しかし、手に入らないことが分かった少女は、どこぞの吸血鬼の妹のように霖之助に遊戯を求めたのだ。

「じゃあ今遊ぶだけでいいわ。弾幕ごっこでいいわよね?」
「止めてくれ」

 スペルカードを取り出した少女に霖之助は即答で断る。が、少女はカードをしまうことなくさっさと話を進めようとする。

「なんで? 弾幕ごっこがいやなの? なら殺戮ごっこでもいいわよ?」

 それは力ない者を一方的に攻撃するための遊び。
 …だと思われる。
 もしくはタコ殴り、リンチ、フルボッコである。…これでもオブラートに包んだ説明であるが、要は惨たらしい出来事であることは霖之助でも容易に理解できた。

「なお悪い!えっと…そうだな、僕は弾幕ごっこは出来ないんだ。この意味が分かるかい?」
「なんだ。やっぱり殺戮ごっこなのね」
「違う!君は会ってすぐに弾幕ごっこをするような乱暴な子なのかい?」

 その言葉に、弾幕を出す気満々だった少女はピタリと動くのを止め、きょとんとしたように霖之助を見つめる。

「乱暴…私、乱暴?」

 しめたと思った霖之助は一気に言葉で丸め込もうと口を開く

「ああ乱暴だ。初めて出会うヒトとはまず挨拶が基本だ」

 …が。

「こんにちわ。これでいいわね。じゃあ殺戮ごっこでも…」

 “乱暴”と言う言葉を気にしていたさっきの姿はもうすでになく、やはり弾幕を放とうとする少女に、霖之助はダメもとで三回目のウソを吐く。

「君は友達と殺戮ごっこするのかい?」

 霖之助の背中は汗でじっとりとしている。脂汗が頬を伝って、死神か火車の姿が想像できた。
 もうダメだと思ったときに出たこの言葉は、意外にも少女の弾幕を退けることに成功する。

「…ともだち?」

 二度目はないとばかりに、今度こそ言葉で丸め込もうとする。
 今度は少女の言う隙間もないほど口を動かして言葉を放つ。

「ああ!出会って間もない友を殺戮…つまり殺すなんてあってはただの外道だ。人でなしと言っても過言じゃない。それを君は…」

「それ本当?」

 …しかし、自分のペースを持つ少女にはあまりにも無意味だった。
 霖之助の焦りは最高潮に達していた。黙っていては殺されると思い、なおも口を動かす。

「君は幻想郷に住む子だろう?ここの人間、妖怪であっても殺し合いはしない、仲のいい…」
「私と貴方が友達って本当?」

 やはりこの少女の前には言葉など無意味なのだろうか。そう思いながら、問われたのが思っていたことと異なっていたので、霖之助は拍子抜けしてしまった。

「え?ああ…も、もちろんさ」
「わぁ!」

 何が嬉しいのか、少女は今までにないほど目をキラキラさせて霖之助を見つめている。
 どうやら命の危機には免れたようだが、いつまでも見つめてくる少女にもう帰るように諭そうとしたとき、扉が乱暴に開いた。

 カランカランカランッ

「あー!こいし様いたぁ!」
「んもー。あいつらと会ってからこいし様は地上に行き過ぎです」
「お燐!お空!」

 こいしと呼ばれた少女は、黒い翼を持つ妖怪と、黒い耳を頭に生やした妖怪にパッと顔をほころばせた。
 快活な様子のこいしに対し、鴉と猫は注意する。

「あまり用もないのに遠くにいかれては困ります」
「用ねー…。無意識だったから分からなかったわ」

 あっけらかんと言うこいしに、注意など無意味と分かったのか、注意の先はなぜか霖之助に向く。

「貴方ですか?こいし様をここまでおびき寄せた外道は!」
「げ…外道だって?」

 むしろ“殺戮ごっこ”と言い出したこいしの方が外道だと思ったが、霖之助はぐっと言葉を呑んだ。

「あまりこいし様をたぶらかさないでくださいな。怒られるのはあたいたちなんですから」
「あんまり調子に乗るとフュージョンし尽くしちゃわよ?」

 こいしの次は妖怪からの弾幕を受けるのかと冷や汗が出る。
 これでは命がいくつあっても足りやしない。
 死神や火車を越え、閻魔様の声が聞こえるような気がした。

 しかし、霖之助の目の前の妖怪を止めたのは、他でもないこいしだった。

「おやめ。お燐、お空」
「しかしこいし様!」

 こいしはにっこりと笑いながら、鴉と猫に言い聞かせる。

「彼は私の友達よ?あんまりひどいことしないでほしいわ」
「と、友達?」

 猫と鴉は目を丸くしながらこいしの言うことを聞いていたが、こいしはマイペースに話を続ける。

「だから、そうね…私は彼の店に遊びに来たのよ。ほら!用ができたわ。ねー?」
「そ、そうだね…」

 同意を求められるなら、自分は相槌を打つしかない。
 霖之助の同意に満足そうに笑みを浮かべるこいしの傍ら、殺戮ごっこの餌食にならなくてすんだ霖之助の苦笑いがあった。




***

 こいしは心の中で反復する。

『友達、友達、友達…』

 たとえそれがウソから出た答えであっても、こいしにとっては十分だった。

 第三の眼を閉じたからこその友情に、こいしの心に何かが生まれた。
 音も立てず、静かに、こいし自身さえも気付かないソレに、第三の眼だけは気付いた。

 それは無意識から意識が生まれた瞬間。