《テーマ:おにいちゃん》

 


「お兄ちゃん」
「…はい?」

 突然の橙の言葉に霖之助は固まってしまった。

「紫様がこう言ったら店主さん喜んでくれるっていってたんだ♪」
「紫…」

 橙の嬉々として喋る姿に八雲家の教育を疑う。
 そんな霖之助の視線に構うことなく、紫はあっけらかんと言う。

「若く見られたほうがいいじゃない」
「君ほどじゃ…」
「何か?」
「…いや、何も」

 一瞬黒い何かを感じ取ったが見なかったことにする。

「なにかと便利よ?こんな可愛い子に『おにぃちゃんっ』なぁんて呼ばれてれば」
「便利ってなんだ便利って」

 あきれてものも言えなくなってきたときに藍が皮肉を言うようにこう言った。

「はんっ!お兄ちゃん!おにいちゃんねぇ?そんな歳でもないのにそんな風に言われちゃ…ねぇ」
「君に言われたかないな」
「なにぃ!」

 霖之助よりもはるかに歳上の藍に“そんな歳”呼ばわりはされたくなかったようだ。
 霖之助まで皮肉交じりの返答をし、その場の空気が怪しくなってしまった。

「んーじゃあお父さん?」

 橙の突拍子のない言葉にその場にいたすべての者が固まる。
 どうやら、お兄さんの歳ではないのならお父さんと言えばいいのだろうと判断したらしい。
 確かに霖之助の見た目に橙の妹は小さすぎるが、だからと言って父という見た目でもない。

「…それもなぁ」

 霖之助は首をかしげて何かが違うことを説明しようとする前に藍が会話に割り込んできた。
 その姿はひどく慌てており、顔は真っ赤に染まっていた。

「ばっ!橙!!誰がこんな昼行灯なヤツを夫なんかに…!」
「らーん。誰もあなたが妻だとは言ってないわよー」

 


 

※①
 マヨヒガの住人が帰り、霖之助は店の勘定台のイスに腰をかけて本を読んでいたときだった。

「ふむ…」

 それは先ほど帰ったはずの八雲紫だった。
 スキマから半身を乗り出した格好の紫は、あごに手を添えて考え込むが、霖之助にとってはやな予感しかしない。

「…あまり聞きたくはないが…何をたくらんでいるんだい?」
「あら、別に悪いことじゃないわ。さっき橙が貴方のことを『お兄ちゃん』って言ったわよね?」
「まぁ…言ったね」
「なんかグッと来るものはなかった?」
「いや…別に…」

 正直な感想を述べると、紫はさらに身を乗り出して霖之助に真意を求めた。

「ウソよ!だって橙がお兄ちゃんって言った後、少し間があったもの!」
「…それはただ単に驚いただけであり…」
「いいえ!多くの男は『お兄ちゃん』と呼ばれることに悦びを感じるものよ!」
「…偏見だと思うんだが」

 霖之助の意見もそこそこに、紫は提案した。

「ひらめいた!貴方に『お兄ちゃん』と呼んで霖之助がグッと来た人に…!」
「来た人に?」
「…いいえ何にも?」

 ハッとした表情をしたと思えば紫は何かを隠すように濁した。
 しかし、霖之助としては濁したことよりもその企画を本当に実行するか否かが気になる。

「まさか本気じゃ…」
「こうしちゃいられないわ。私幻想郷中に知らせなくちゃ!」

 霖之助の言葉を最後まで聞かずにスキマに引っ込んだ紫を見送った霖之助は本を開いて読書に励もうとした。
 企画を立てようが、自分が参加しなければ関係はない。
 そう自分に言い聞かせながら、本の内容に目を落とそうとしたときだった。
 視界がパックリと二つに分かれたのだ。このようなことをするのは1人しかいないのであまり驚きはしないものの、やはりやな予感しかしない。

「そうそう。もちろん貴方は強制よ?」

 紫はニコニコとしながら霖之助を見つめるが、霖之助はジト目で紫を睨みつける。

「拒否権は」
「基本ないわ」
「……」
「簡単よ。グッときた…萌えた子を教えてくれればいいのよ」
「もえ…?」

 聞きなれない単語に困惑する霖之助を横目に、紫の説明は続く。

「萌えなかったら、それはハズレと思っていいわ」
「ハズレ…?」

 ルールの説明はここまで!と言うと、霖之助を立たせ、さらに背を押して外へ出かけるように促した。

「とにかく、適当に知り合いに会えばいいのよ。ほら、外へ行く!…頑張って選んでよ?お兄ちゃん?」

 こうして、第一回香霖お兄ちゃん萌え選手権が始まったのだった…。

 


 


 二人の少女は霖之助の前に立ちふさがる。

「“おにいさん”と呼ぶだけなんでしょ?」
「簡単じゃない」

 そして同時に口を開いた。

「「お義兄ちゃん!」」
「え…っと」

 内容もそうであったが、威圧感のあまり霖之助は何と答えていいか分からなかった。
 そこに魔理沙が呟いた。

「いっとくが私は女と結婚しないからな」
「むきゅ~」「そ、そんな意味じゃないわよ!」


さて、誰でしょう?



 

※②
「お兄様!」

 と、真っ赤な髪の少女が言い。

「お兄ちゃん!」

 と、緑色の髪の少女が言い。

「おにいちゃぁん!」

 と、頭から真っ赤な翼の生えた少女が言う。

「さっきからうるさいな…そう何回も言われても僕からは何もでないよ」

 そして、それは霖之助の耳に嫌にも入ってくる。

「うそです!だってパチュリー様に聞きましたもん。何か景品が出ると」
「こあちゃんに聞きました」
「大ちゃんに聞いたのよ!本がいいなぁ私」
「…もう勝手にしてくれ…」

 後ろから付いてくる少女に力なく答えることしかできない霖之助だったとさ。


名無し組。

 



 香霖堂の前には兎と月人が立っています。
 中でも兎は緊張しているらしく、先ほどからボソボソと呟いているではありませんか。

「練習、練習だから!よぉし…オ、オ、オ、オニ…イ、チャン!」
「優曇華…」
「緊張しすぎて香霖堂に入れないわこりゃ」

 そんな兎を見て二人の月人は呆れるばかり。
 見かねたもう1羽の兎がこう言いました。

「しょうがないなぁ。てゐ様が見本みせたらぁ!霖にぃちゃぁん!!」

 開かれた香霖堂の扉の奥では兎に突進される店主が見えたそうな。

「うわぁ!」

どってーん。

 

うわぁてゐが萌え萌えの妹キャラだぁ…



 

※③
「ふぅん…お兄ちゃん、ねぇ」
「何か用かい?」

 室内なのに傘を広げる少女の名は風見幽香。
 舐めるように霖之助を見たと思えば、くっと顎を上げさせて無理やり顔を見つめ合わせた。

「梅花空木(バイカウツギ)と言う花言葉に『兄弟愛』って言うのがあるのだけど、他に『匂いたつ魅力』っていうのがあるの。…ね?私からそうゆうの感じられない?」
「いいえ、別に…」
「……」

 妖艶な顔で迫ってもなお、この態度に幽香の苛立ちが最高潮になるのは3秒後のことである。

 

『匂いたつ魅力』→『兄弟愛』なんだか意味深に感じられるのは私だけでしょうか

 



 もじもじ・おずおず

「お…おにぃちゃ…」
「…トイレに行きたいのかい?」

 フッとなにか諦めたように笑う少女は、何もなかったかのように会話をする。

「そんなんだろうと思ったぜ!…で、一つ言わせてくれないか?」
「なんだい?」

 さっきまで笑っていた少女はくるりと後ろを向くと霖之助ではない誰かに向かって叫んだ。

「皆して私の位置を取るなー!!!」
「なっなんのことだ魔理沙?!」

 少女の目尻には光る何かがあったような、なかったような。

 


※④
 それは湖を越え、紅い館の前を通ったときだった。

「そこのお兄さん!!ちょっとコレほどいてくれませんか?!」

 そこには布団とロープによってグルグル巻きにされている中華風の少女がぶら下がっていた。
 さすがに不憫に思い、ロープに手をやった霖之助の目に、看板の紙が見えた。

「何々?」

『此れ解いた者処罰を与えつby紅魔館メイド長』

 達筆な字で書かれたそれは、画びょうで止める代わりにナイフで看板に止められていた。
 少女は情けなく笑って、やっと自由になれます。という声が霖之助の耳に入った。

「ちょっとお昼寝してたらすまきにされてしまいまして…」

 修正。耳に入ったような気がしただけだった。
 …――と、自分に言い聞かせる。

「…さて、次に行くか」

 『関わりたくない』というのが霖之助の意見だった。

「なっなんで行っちゃうんですか!!戻ってきてくださぁい!おにいさぁん!!うわぁん!」

 霖之助は心の中で謝り、そして合掌した。

 




 霖之助の肩と少女の肩がぶつかる。

「おい、にいちゃんどこみて歩いてやがる!!」

 少女は霖之助にガンをつける。そしてげんなりしながら決められた台詞を言う。

「これは俗にゆうハズレというやつか?」
「妹紅…もう少し可愛く言うとかしないと…」

 傍らの少女は妹紅をなだめようとするが、妹紅は顔を真っ赤にして反論する。

「だっ!慧音は傍観組だからそんなこと言えるんだ!言ってみてよ!『お・に・い・ちゃ・ん』って!!」
「えと!えぇっと!!お…お、にぃ…」

 慧音は口にしようとするがうまく声となって発せられないようだった。
 気分が高潮したせいか、それとも今夜が満月だからか、
 色の変わった頭髪から角が生え、しっぽが生え、目をカッと見開いてそして叫ぶように言った。

「り…霖之助兄貴ィ!!」
「ハクタク化しなくてもいいじゃないか!」


どこのヤーさんだ。



 

※⑤
「御邇鮪ちゃん?」
「…よくそんな難しい漢字が出てきたね」
「あたいはサイキョーだから当然なの!」


⑨じゃない…だと…!?

 

 


 

 

 

 

 


 彼が好む紅茶は湯気を放ち、色は綺麗な紅となってカップに注がれていく。
 温度は最適、カップもお気に入り。
 そしてテーブルクロスをひいたちゃぶ台に優雅かつ華麗に紅茶を置く。

「お兄様、お茶の用意が整いました」
「ああ、ありがとう」

 彼は読んでいた本を閉じて、私にニコリと微笑みかける。

「なぜかしっくりきちゃうのがいやなのよねー」
「お嬢様…」

 頬杖を付くレミリアお嬢様に私と彼は苦笑いするしかなかった。


きっと髪の毛のせい



 

※⑥
「ま、まぁ…そういう企画ならば仕方ありません…その…お、おにいちゃん」

 照れながら言うのは幻想郷の閻魔・四季映姫・ヤマザナドゥである。

「閻魔様にそう言われると、さすがに照れますね」
「!! そ、それはもしや私の言葉がグッと来たということでいいですね!?」

 目をキラキラさせて映姫は霖之助の回答を期待した。が―…。

「や、そこまで」
「がーん!」

 あくまで照れるというのは、幻想郷最高位の人物に兄と言われたからであり、ある種の優越感によるものである。霖之助は正直に思ったことを言った。
 映姫の前ではウソは御法度だからだ。
 しかし、霖之助はその閻魔様がピクピクと震えているのに気が付かない。
 これに気付いたのは死神・小野塚 小町であり、これから起こりえるだろう事態を防ごうと、映姫をなだめようとした。

「ボスー…このあんちゃんはきっと…その…そういう属性がないということだから…」

 しかし、その慰めも意味なく、カッと開かれた瞳には怒りしか映されていなかった。

「なんですか!それは私に魅力が足りないというのですか!」
「えぇ?!」
「まーまー!!ボス落ち着いて…!」
「始めに照れると言っておきながら、グッと来ないとは!この虚言者!!黒です!死刑です!地獄行きですー!!」
「わー!!!」


森近霖之助の明日はどっち?

 




 そっと店主さんの肩に触れると控えめに早苗は注意する。

「兄さん、いつまでも本を読んでいたら目を悪くしますよ」
「早苗…」

 肩にある早苗の手を触れながら、男女は目を合わせる。
 いい雰囲気じゃない!これはもしかすると…早苗にチャンス到来というやつじゃない?!
 ねぇ諏訪子、ちょっとは私の朗読も見てくれないかしら。

「もう目ぇ悪いから」

 ああ!早苗に青筋が!
 血管が浮き出ているマークも見えるわよ諏訪子。

 



※⑦
 羽衣を持つ少女は顎に手を置いて考え込んでいた。

「本来『兄』と呼ぶものと言うのは1に年上の男の兄弟。2に妻や夫の兄。3に年配者が若い男を親しんでいう語だといいますが…これは貴方が私の兄になった、つまりは義兄として呼ぶのがいいことなのでしょうか?」
「ど、どうなのだろう…?」
「まぁいいです。皆が右を向く以上、私も右を向いたほうが今は賢明です。ねぇ?お兄様?」

 にこりと微笑む少女に少しどきりとした霖之助―…

「なわけないじゃない」

 そこに現れたのは青い髪の少女だった。

「あら、総領娘様」
「あらじゃないわ。私を差し置いてそんな呼び方どういうつもり?」

 まるで話を分かっていないそぶりに衣玖は驚いた。
 もう幻想郷中に知れ渡ったこの企画を知らないヒトがまだいたとはと。

「総領娘様は聞いていないんですか?」

*かくかくしかじか*

「なんですって?!そんなの聞いてないわ!」

 衣玖は慰めのつもりで言ってやった。

「教えないことで総領娘様は喜ぶと思ってしたことですよ」
「なんでっ?! いいえ!今は言い合うよりも…!……お、お兄ちゃんは…どうっていなぁい!!」

 顔を紅くし、照れながら言った言葉を受け止める青年はいなくなっていた。

「あら、逃げられましたね」
「そんなぁ~」

 そして衣玖は慰めのつもりで言うのだ。

「聞かないことで総領娘様は喜ぶと思ってしたことですよ。きっと」


わりと理屈っぽいイクサン。そしていじめられっこMてんこ。



 


「え?お兄ちゃんって言えばなんでももらえるの?」
「なんの話だなんの」

 キョトンとした顔で霊夢の質問をするが、霖之助はそれを否定する。
 しかし、霊夢はそんなのお構いなしに“お願い”をする。
 首は斜め45度傾けて、上目遣い、手はグーにして口元へ。困ったように眉を下げ、いつもより高い声で甘えたようにこう言った。

「お兄ちゃん、私お茶がほしいなぁ」

 誰から見てもそれは美少女のお願いだった。大抵の男ならメロメロになってお願いを叶えようとするが、それが効かないのが霖之助である。

「ツケを払ってくれるなら考えあげなくもないよ」
「ちっ!」

 顔を逸らして舌打ちをしたその顔は、美少女とは程遠いものだった。

 

猫巫女霊夢の猫撫で声

 


※⑧
「お兄さん!新聞いりませんか?!今なら洗剤付いてますよー!」
「で、何か用かい?」

 まるで新聞の勧誘。しかし、文が発行している文々。新聞はもうすでに購読していることなので、霖之助は特にリアクションすることもなく文に対応した。

「嫌ですねー。もっと面白おかしく答えてくださいよ~。まぁそれはとにかく、せっかくの企画ですもん。私も参加しようと思いまして!」
「で、建前はそれくらいにして本当は?」
「建前って…本気もあるのに…」
「え?何か言ったかい?」

 呟くような声は霖之助には伝わらなかったが、文は何もなかったように、目的第二位である企画の取材へと取り掛かる。

「いえいえなんでも。ところで今回の選手権!どなたが有力ですか?」
「取材(そんなもの)だろうと思ってたよ。…待て、有力?なんのこと…選手権?!」

 慌てる霖之助の様子に首を傾ける文だったが、巷で噂とされる企画のことを説明することにした。

「知らないんですか?今回店主さんを『お兄ちゃん』って呼んでグッとさせることができたら、何かいいものがもらえるというものと私は聞きましたよ?まぁ人伝えで聞いたものもあるので人それぞれ解釈があるでしょうけどね」
「…聞いてないんだが」
「あやや!…まぁ店主さんは出題者のようなものですし、あまり関係はないんじゃないでしょうか」
「そうだといいが…」

 まず、企画した張本人が紫である時点で不安要素があるのだから身の安全が保たれているのかが気になってしょうがない。
 悶々と考える霖之助の横で頬を赤らめながら文は尋ねた。

「…で、どうでした?私の…お兄ちゃんっていうのは…」
「え?いや…そこま…うわ!!」

 正直答えようと開いたときだった。突如顔を青くした霖之助に、文は驚いた。

「?! どうしたんですか?!」
「いや…何か悪寒が…」

 背中からゾワリと襲う寒気に耐えかねた霖之助は、後ろを勢いよく振り向いた。しかし、そこにはただ森が広がっていて何もない。

「失礼させていただくよ」
「え?!あ…はぁ…」

 まるで誰かから睨まれているような気がしてならなかった霖之助は、腕を押さえて寒気を紛らわしながら帰路を進む。文は突然のことで驚き、その背中を見送るだけしかできなかった。そして更にその背中を見つめる白狼天狗の少女が1人…。

「先輩は…渡さない…!!」


うーん…話を短く(?)するために椛に出演依頼。でも椛は百合っていうより普通に仲のいい仲間(先輩・後輩でも可)になりそうだと思うのが私です。

 



「うぁ?鬼イちゃん?私にそんな知り合いいないぞ?」

 少女というのに酒を飲む鬼の名を萃香と言った。
 テーマだといえ“兄”のことを“鬼”だという答えにげんなりしながら、げんなりしたなら言うべき用意された台詞を言う。

「これもハズレというやつか」

 その答えにチッチッチと指を振って自慢げに言う。

「ただし!世間でいうロリッ子萃香ちゃんの言い方で言ってやろう!」

 コホンと咳払いをして、こちらも用意されていた言葉を言い放つ。

「ねーおにーたぁん!だっこしておー」
「寒気が!!」
「失礼なやつだなぁ…」


「まだまだいくおー」(つるぺったん)の台詞からだと思うんですが
どこかの音楽サークルが作った東方ドラマCDもどきで萃香は語尾の「だよ」が「だおー」でした。

 


※⑨
「そこの…お兄さん…そう、森近霖之助と言うのね」
「君は…」

 静かな声は自分の名前を言い当て、そして名前を聞く前に自己紹介をした。

「私は古明地 さとり。以後、よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく…」

 なにか、見透かされているような気がしてならなかったが、霖之助はさとりが言うがままに頭を下げて挨拶をした。
 そしてさとりは、霖之助が何かを言う前に首をかしげていぶかしがる。

「……おかしいわ…私の聞いた企画と貴方の企画はちょっと違うみたい…」
「企画?それは…」

 自分のことを『兄』と呼ばせる意味不明の企画かい?と聞こうと思ったが、やはりさとりは言い当てて会話をする。

「……そう、貴方を『お兄ちゃん』と呼ぶ…お兄ちゃんと言ったら貴方を好きなように扱っていいと私は聞いていたのに…」
「は?!」

 あまりに企画がおかしくなっていることに霖之助の頭は真っ白になった。

「…私の猫(ペット)から聞いたの。私…ペットを増やそうと思うのだけど…貴方私のペットに…あら?いつの間に」

 本能的に逃げた霖之助は、さとりから逃げることに成功した。
 しかし、自らの思考を無にして自分から逃げた霖之助を気に入ったさとりが何度もペットへの勧誘をすることになるのは、また別の話。

 




 半霊の少女は困惑していた。
 ウソでも言いたくない言葉があって何が悪い。
 それを強要しようものなら、拒否をして何が悪い。
 しかし拒否権がないのは少女の運命なのか、宿命なのか。
 そして少女は考え方を開き直らせる。
 これは修行なのだと。

「修行…修行だと思うんだ私…!!」

 大きく深呼吸して勢いよく叫ぶ…否、叫ぼうとする。

「っよし!お…おおおおぉ…っっっやっぱりだめ!!おじいちゃんはいても私にお兄ちゃんはいませぇぇぇえん!!!」

 結局少女は怒られること覚悟で走り去ってしまった。
 残された店主と少女の主は仕方ないので話を続けることにした。

「あらあら~じゃあ私が代わりに…えっとぉ…鬼まんじゅう食べたい」
「…お腹が減ったんだね」


愛知県の特有の和菓子です(鬼まんじゅう

 


※⑩
 重い足を引きずりながら香霖堂へと帰ってきた霖之助は、扉を開けたとたん大きなため息をついた。
 勘定台のイスに腰を下ろして、まぶたを閉じようとしたとき、またも視界が割れて、にゅっと少女がスキマから顔を出す。

「で、そうだった?お兄ちゃんと呼ばれてみて」

 このまま寝かしてほしい霖之助は紫に対して適当に答える。

「疲れた…」
「そういう答えじゃダメよ?誰が一番グッと来た?」

 しつこく聞いてくる紫に苛立ちながら、このような企画を開始した理由を求めた。

「…聞いてどうするんだい?」
「そりゃー…」

 その相手を亡き者にするのが紫の本来の目的なのだが、それを知られてはいけないことである。
 霖之助は執拗に粘る様子にしぶしぶ答えることにした。

「なんだか…妹をもつ兄の気持ちが分かったよ」
「どんな気持ち?」
「心底ウザイ。」

 きっぱりと答えた回答は期待していたものとは異なっていて紫を困惑させた。
 そして霖之助の真意を求める。

「そ、そう…それで…正直に言えば、誰が一番グッときた?」
「そうだな…あまり固執して考えないのであれば…」
「あれば…?」

 ごくりと固唾を呑んで答えを聞いていたが、霖之助の指は自分に向けられ、そして霖之助は口を開いた。

「君?」
「えぇ?!」

 その答えは自分、紫を可愛らしいと思ったということだ。
 紫は狂喜乱舞し、思考に花を咲かせる。
 しかし、その花も一瞬にして枯れ果てた。

「一番心にグッと(イラッと)きたよ」
「………え?」

 つまり、霖之助の言う『グッ』とは心躍る意味の『グッ』ではなく、苦渋の意味の『グッ』のようだ。
 それは、苦虫をつぶしたような顔にぴったりの音。

グッ

 そして紫の心もグシャと折れた。
 一度は歓喜に満ちた紫だったが、空耳だと思いたくなるような言葉に見る見るうちに感慨の意を表していく。

「何回も何回も…正直鬱陶しくて…」
「………そ、そんな…」
「もうこんな企画止めてくれ。頼むから」
「ひ、ひどい…霖之助のばかぁ~!!」

 紫はスキマも使わずにバタバタと香霖堂を出て行ってしまった。
 やっと1人の空間を手に入れた霖之助は、ため息と共に、出会ってきた少女たちの思い思いの妹を目指す行動を思い出していた。
 不思議と笑みのこぼれる頬をさすると、独り言のように呟いた。

「…まぁいい経験には、なったかもね」