ああ!なんて素敵な世界なんでしょう!
巫女に魔法使い、妖怪・幽霊!
私の探究心をくすぐる素材ばかり!!
…でもね? 今は研究よりももっと大切なことがあるの…。
「霖之助…!貴方に会いに来ちゃったわ!」
真っ赤なマントを派手にひるがえし、私は香霖堂の前で大きく手を伸ばしながら独り言のように叫んだ。
森近霖之助。半妖であるくせに魔法を使わない変なヒト。素敵なヒト。
最初は研究の材料として観察してたけど、でも論究の対象とは違う別の感情が私の中に育まれていたの。
実は私…霖之助の恋人なのよーーーー!!!!!
どうやってゲッツしたかって?!
ふふふ…科学の力に不可能はないわ!
研究を積んで好きなとき好きな場所にこの世界にいけるようになった私は教授としての生活と、霖之助の恋人との二重生活をしているの。
今日はちょっと久しぶりに来たのよ。
やっぱり教授としての生活は不眠不休って言うの?
ていうかちゆりがもっと有能だったら…。
「私のせいにしてほしくないぜ」
「モノローグに入ってこないでちょうだい!とにかく私は霖之助とストロベリ~~なひと時を過ごすの!!」
そのとき香霖堂の扉の隙間から会話が聞こえた。
「…僕はきみの方が好きだよ」
?!
今の声は…
「御主人さまの想いヒトだぜ」
「そんな…そんなそんなそんな!!だって私たちは…」
手が震えるのが分かる…。
私の体が震えてる。
私たちは恋人になった…。
それは確かなことだし、苺のような甘酸っぱいことだって、まだまだ足りないくらいだわ。
時々しかこない私に愛想が尽きた?
私はまだ…まだ…貴方のことが……。
「御主人さまー…?」
「りぃぃぃのぉすけぇぇぇぇええ!!!!!!」
私は乱暴に扉を開けると鬼とも見間違えるような形相で霖之助の胸倉をつかんだ。
「どういうことかしら?!浮気かしら?!そんなこと科学が許しても私は許さないわ!さぁ謝って!今すぐ謝って!でないと浮気相手もろともこの世界消しちゃうんだからー!!!!」
我を忘れ霖之助の首を振り回していると、店内には出汁のいい香りとともに見知った人物がうどんをすすって、のほほんと私と霖之助のやり取りを見ていた。
「なんだ、いつかの人間じゃないか」
「幻想郷を消させるつもりないわね」
「貴方たちは…!! り、霖之助ったら浮気な上に2股ですって?!同じ人間でも私はいやだっていうのーーー!?!?!」
巫女と魔法使い…どちらも魅力的で素敵だと思うわ(研究材料的な意味で)
でも…でもぉ…!!
「おっおぉ、ち…つい…って…!」
「御主人さま~そろそろ店主死ぬぜ?」
そこでやっと私が霖之助の首を絞めていることに気が付いて私は小さく悲鳴を上げながら手を放した。
霖之助は2,3回咳払いをすると、私以外の3人に向かって言った。
「……霊夢、魔理沙そしてちゆり、今は2人きりにしてくれないか?」
「別に私たちがいてもいいんじゃないか?だってそいつのかんt…むがっ! なにすんだよ香霖!」
霖之助は魔法使いの言葉を遮ると、人差し指を口元に持っていき『シー』と魔法使いを黙らせた。
「彼女がどう思っていようが、僕は彼女の恋人だからね。うどんも持っていっていいから。少しの間出て行ってくれ」
私は霖之助の言葉にじーんと胸を熱くさせながら、その場にただ立ち尽くすだけだった。
3人はしぶしぶ外へ出て行く。
そのうち2人はどんぶりを持ちながら。
「御主人さま。悲しまないでガッツだぜ!」
ちゆりが出て行く際に私に言った。
…でもそれは失恋した人に向かって言う言葉だと思うのよね…。
…後でぶん殴ってやる…。
「さて」
「ひゃっ!!」
シンと静まり返った店内に突然わいた声に驚いてしまった。
それほど私が緊張をしているのだと気付くと、いつの間にか私の頭には霖之助の手があった。
なでられるのは何年ぶりか。
なぜか私の目尻に水が溜まる。
涙。科学的に言えば原料は血液であり、感情によって塩分濃度が異なる性質をもつ…。
心の中で冷静に解析する自分に嫌気がさす。
いつもそう。
私は科学を第一にして他人のことなんて二の次にしちゃって…。
そもそも研究材料としてヒトを見ていることがいけないことなのよね…。
ごめんなさい… ごめんなさい…。
私はいやな女だわ…。
貴方のこの温かい手も私の心の奥では分析結果を出すための一環だと思っているのかもしれないの。
すべてにおいてネガティブになっているせいか、優しくなでる手が別れの意味を持つような気がしてならない。
いつしか涙は私の頬を伝って顎へと落ちる。
一筋流れれば、もう私の顔は涙の滝が流れていた。
「なんだいっ?!いきなり泣いて!」
「ふぇ…だって…だって…私、霖之助に捨てられ…」
「はぁ?!」
ちぃぃぃん!!
涙を拭くためのちり紙を渡されると私は思いっきり鼻をかんでやった。
もう別れを言われるくらいなら、こんな姿見られてもなんとも思わないわ。
「さ!私を書き損じたレポート用紙のようにポポポイッと捨てるがいいわ!」
「れぽーと用紙? なんのことだか分からないが…僕はこれを好きだと言ったんだよ」
ついに浮気相手の登場ね!
私は目を皿のように丸くしてその浮気相手を見定めようとしたが、私の目は別の意味で皿のように丸くなった。
そこに現れたのは食べかけの、出汁のいい香りのする―…。
「………うどん?」
「ただのうどんじゃない。月見うどんだ」
…うどんに負けたのかしら…。
「君は卵の黄身と白身、どちらが好みだい?」
「え?私?そうね…白身の方が好きね。だって黄身って口の水分ごっそり取り去っていくんだもの」
ゆで卵に限った話だけど。
卵黄か卵白の好みを聞くときはゆで卵を基本におくじゃない。
他の料理は混ざったものが多いし…。
それにしてもこの月見うどんおいしいそう。
霖之助は料理も出来るからよい夫になるわぁ。
………あれ?
「あれ?」
「やっと分かったかい?」
「も…もしかして…」
顔が赤くなるのが自分でも分かる。
私は勘違いをしたのだ。
“君”と“黄身”を――…。
霖之助はあの2人に聞かれたのよ「黄身と白身どっちが好きか」って。
霖之助は黄身が好きなのね…。
いいえ、初めて知ったのだから新事実だわ。学会で発表さえできるレベルよ!
これはまずいわ…!
「僕は君の恋人だと思っていたんだが…。そこまで君が白身を好いているのなら僕は引き下がるしかないね」
「あーあーあーあー!!ウソウソ!私黄身大好きー!!」
「……なんでそうなるんだ」
「? 食べ物の好みが違っていたら結婚したとき困るでしょ?」
?
なんで霖之助ったら大きく吹いてるのかしら。
そのうち顔を苺みたいに真っ赤にさせてこちらを覗き見るようにして様子を伺っている。
…なにかおかしいことを言ったかしら私?
「僕は…」
私が首をかしげていると、霖之助が呟くように喋っていた。
「僕は…白身よりも黄身よりも…夢美の方が好きだな」
「へ…」
「…何かおかしなことを言ったかい? 僕は」
「ひょ!」
いけないいけない!私ったら思考がフリーズしてしまったわ!!
なんていう弾幕(魔法)を放つのかしらこの男…!
まるで…。
「まるで苺ジャムだわ」
「?」
甘酸っぱい…。
私の大好きな果物。
そして目の前には私の大好きな…。
「私も大好きよ。霖之助!」
* * *
「なーいつまで私たちここにいるんだ?」
「ま~ま~。外で食べるうどんもなかなかのもんだぜ?」
「そういえば、夢美はどうやって霖之助さんの心を射止めたの?」
「この世界じゃ理解し得ない科学的力、いわゆる愛さ」
「科学で心を射止めて何が愛なのかしら」
「まぁその…」
そんなやり取りがあったとか、なかったとか――…。