数えられないか数えられるかで店の来客数を表すならば、今日は数えられない数だった。
0(ゼロ)は数えられない数字。
けして“無数”の意味を持たない数字がこの店の客数なのだ。
逆に言えば“有数”の意味しかない店。
無と有は真逆のことであり、混じることのできない二つはどこか天と地に似ている。
ヒトの気配がないと思われた店に来客があった。
これにより0(ゼロ)ではなく1(数えられる数字)にはなったものの、それが“客”でなければ、やはりこの店の客足は0(ゼロ)でしかない。
出入口に立つ少女は目を引く青い髪を揺らしながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふふ…」
「おや、これはいらっしゃい」
霖之助は少女の態度に客の種類を選定する。
上客か、招かれざる客か。
少女はさも自分が偉大かのように霖之助に言い放つ。
「いらっしゃったわ!店主!私と一緒に天界に参ろうじゃない?」
「…来ていきなりそれかい?」
霖之助は青い髪の少女を後者だと認識する。
「私の命令よ?聞いてくれるでしょ?」
どこまでもえらそうな態度に霖之助はため息が出た。
「横暴だな。君はもっとやることがあるだろう」
「ないわ」
きっぱりと無職発言を放つ少女に、脱力するどころかむしろ不憫に思えた霖之助に少女は小さく呟いた。
「あんな退屈なところにいるくらいだったら…私は貴方を…」
「え?何か言ったかい?」
囁くような声は霖之助の耳に届く前に消えてしまったらしい。
少女は青い髪を揺らしながら、やはりえらそうに言った。
「ふんっ!何を隠そう私はあの博麗神社を倒壊させて霊夢をおびき寄せたのを成功させたのよ?なんなら香霖堂を倒壊させて貴方を無理やり連れ出すことだって容易いんだから!」
そこで霖之助が思い出したのは、つい先日起こった異常気象と博麗神社の倒壊、そして幼い少女の横顔。
異常気象と神社の倒壊の主犯の名前はたしか――…。
「…おびき寄せたというのは初耳だが、倒壊させられるのは困るな」
「そうでしょう!そうでしょう!!なら大人しく私と一緒に…」
幼い少女の名前。それは…。
「地子」
「ひゃい!!」
霖之助は内心やっぱりと納得すると、久しぶりに聞いた名前に驚いている少女に言う。
「地子―…という可愛らしい少女が以前ここに来たときがあるんだが、いたくここを気に入ってね。少女が大人になったらまた来ると約束したんだよ。その子のためにもここは倒壊させられないなぁ」
「……かわっ…おとっ…やくっ!!」
いまだ慌てふためく少女は、顔を真っ赤にしてじたばたとその場で地団太を踏む。
なにやらどこかがむずがゆいような、照れているようなそんな様子である。
「きっと地子は美しく気立てのいい女性になっているに違いない」
「ま…まぁいいわ!倒壊するのは見逃してあげるわ!」
「それはよかった」
霖之助は一安心したように頬を緩ます。
しかし、霖之助の様子にまたも頬を赤く染める少女は自分なりに遠慮をしながらおずおずと言ってきた。
「そ…それでその可愛らしい少女は実は…」
「天子。君は客じゃないのにいつまでここにいるんだい?」
「ひぇい?!」
『地子』と呼ばれると思っていた耳は現在改名した名を認知し、天子の体に緊張が走った。
「君も落ちこぼれながらに仕事くらいあるだろう?こんなことで油を売っていたら自らの成長を妨げる原因だ。ほら、さっさと出て行く!」
「そっそんな…っ!」
甘い言葉を期待していた天子は肩を落としてトボトボと香霖堂を後にする。
しかし天子は諦めてはいなかった。
「…地子のこと覚えているんだもの!私(天子)だって!」
外の意気込む背に霖之助は呟いた。
「いい女になったら…ね」