《もと光る竹なむ一筋ありける。》


 霖之助はいつものように納入と言う名の拾い物をしていた。
 今日は無縁塚を外れた林に入ってみることにする。
 先日の台風で無縁塚の物が流れ着いているときがあるのだ。
 しかし、霖之助はその林の異変に気が付いた。

「はて…ここらへんに竹林はなかったような…」

 林の中に突如竹林が現れたのだ。
 本来ありえない状態に困惑しながら竹林の奥へと足を進めると光り輝く何かを発見した。

「なんだ…?」

 金目のものには興味はないが、金色に輝く道具なら興味がある霖之助はその光に向かって走り出した。
 そこには金色に輝く竹があったのだ。
 その竹の根元はきらびやかに輝いており、霖之助はこの竹で作れる道具を思索し、早速この竹を香霖堂に持っていこうと鉈を取り出そうとしたときだった。

「!!」

 光は突然放たれ眩しくて目を瞑っていると気が付けば金色に輝く竹はおろか竹林さえなくなり、いつも足を踏み入れていた林が目の前に広がっていた。
 ただ違うものといえば足元に生後間もないだろう赤ん坊が転がっていることだった。

「あうー」

 赤ん坊はへらへらと笑いながら霖之助へと両手を上げていた。

「…この赤ん坊は…?」

* * *


 赤ん坊を置いて立ち去ると夢見が悪いと思ったので、とりあえず赤ん坊を香霖堂に連れて帰ると、店には見知った顔が上がりこんでいた。

「あれ?霖之助さんその赤ん坊…誰との子?」
「香霖がよそで子供こさえてくる甲斐性あったんだな」

 好き勝手言うのは博麗霊夢と霧雨魔理沙。
 勝手に店主不在の店に上がりこむのは不作法とは思ったが、この少女たちに注意をしてもまるで効果がないのは分かりきっていた霖之助は注意をせずに質問に答えることにした。

「…竹林で拾ったんだ」

 霊夢と魔理沙は霖之助が抱いていた赤ん坊に身を乗り出して覗き、頬を突いたり指を触ったりしている。

「何?捨て子?」
「酷いことするやつがいたもんだぜ」
「あぅ、あー」

 2人が触るも赤ん坊はキャッキャッと笑っている。
 物の本では人間の赤ん坊は一刻半毎に食事を取らなくてはいけないはずである。
 すでに一刻半以上経っているが赤ん坊は泣くこともせずただただ笑っているのだ。
 泣くことも出来ないくらい衰弱しているせいとも取れるが、それならば笑うこともできないはずだろう。
 やはりこの赤ん坊は人間ではないのかもしれないが、夜中突然泣かれるのも避けたいがために食事を与えることにした。

「…とにかく、ミルクでも与えておこうかな?」

 すると何を勘違いしたのか魔理沙と霊夢は自分の胸元を押さえて霖之助を睨みつけた。

「私は出ないぞ」
「私だって」
「求めてない!脱脂綿にでも染みこませて飲ませるよ」

 普通、赤ん坊には専用の飲み物がある。
 言わずと知れた母乳である。
 しかし、今知り合いに母乳の出る友人はいない。
 霖之助はとりあえず温めた牛乳と脱脂綿を用意した。

「まるで動物だな」
「人間も立派な“動”く“物”さ」

 牛乳を染みこませた脱脂綿に赤ん坊は必死に吸い付く。
 その様子に魔理沙は酷く感激し、自分もやらせてくれとねだった。
 霖之助は手を洗ってくることを指示し、与え方と気をつけることを教えてやると魔理沙に赤ん坊を渡してやった。

「うわ!可愛いな!」

 子供が子供を抱いている様子に霖之助は頬が緩んだが、同時に魔理沙の人間的な感性に安心をした。
 いつもころからか忘れてしまったが、魔理沙は魔法使いとしての能力を伸ばし、どんどん人間離れしてしまう傾向が出てきたのだ。
 兄のように接していた霖之助はそのことを気にしていたのだ。
 あまりに思い詰めていたせいか魔理沙に不審に思われてしまったようで、魔理沙は霖之助の顔をジッと見ていた。
 霖之助は何も思っていなかったかのように魔理沙を冷やかした。

「さすがに母性本能が働くかい?」
「なにを言ってるんだ。私はいつも母性溢れる女性だ」

 傍にいた霊夢は目を丸くして驚いた。

「霖之助さん大変!魔理沙ったら目を開けたまま寝てるわ」
「あー?」

 2人は今にも弾幕を出しそうな険悪な雰囲気になってしまった。
 店を壊されたらかなわないと恐怖を覚えた霖之助に、天の助けかカラスの鳴き声が聞こえた。
 いつの間にかもう夕刻となっていたのだ。
 これ幸いに霖之助はこの2人を追い出そうとする。

「二人とももう日が暮れてきたんだ。そろそろ帰りなさい」

 2人はしぶしぶ出て行こうとするが、帰り際霊夢が疑問を投げつけた。

「その赤ん坊どうするのよ」

 内心牛乳でよかったのか不安に思ったが、赤ん坊はげっぷを出した後すやすやと寝息を立てて寝ている。

「明日にでも里親を探すよ」
「ふーん。竹林で拾ったんでしょ?妖怪じゃないといいけどね」
「…そうだな」

 瞬く間に消えた竹林に残された赤ん坊は、妖気こそ感じられなかったが、泣くこともない様子から人間とは思えない赤ん坊であった。
 霖之助は霊夢と魔理沙を見送り、軽く自分の食事を済ました後、早々に床に入ることにした。
 赤ん坊は夜泣きが起ってもすぐに対処できるように同じ部屋で自分の布団の隣に布団を敷いて赤ん坊を寝かしていた。
 

 そして布団の中で考えた。
 里親が見つからなかったらどうするかを。
 妖怪とも人間とも区別できない赤ん坊を人間はもちろん、妖怪さえも自分の子供として扱ってくれるかどうか疑問に思う。
 なおざりに扱われ、友人はおろか家族にさえも無下に思われてしまえば、この赤ん坊にとっては不幸としか言えない。
 そんな存在を霖之助はよく知っていた。
 霖之助はすぐ横で眠る赤ん坊に喋りかけた。

「…お前…僕の子になるかい?」 

 頬をつつくと赤ん坊はニコリと笑った。
 その表情はまるで天女のようで、霖之助まで頬が緩んだのが分かった。
 情が移ってしまったと言えばそれだけなのだが、人間に比べれば長い人生、一度くらいは子育てをやってみてもいいだろうと思い始めたのだ。
 ならば早速名前を決めなければ、と思いながらウトウトと就寝した。



 霖之助は夢を見た。
 花畑の真ん中で少女から『お父さん』と呼ばれる夢を。
 あいにく顔はぼやけて見えないのだが、自分はこの少女のことを愛しく思っていることは確かで『ああ、娘を持つとはこうゆう心情なのか』と霧雨の親父さんの気持ちが分かってきたところで夢が覚めてしまった。




 そして、現の耳には、夢の続きとも思える声が入ってきた。

「お父様?おきてくださいまし」

 肩から長い黒髪が落ち、薄紅色の衣服に身を包んでいる少女の名前は蓬莱山輝夜。

「ん…君は…輝夜?!なんでこんな朝早くに…!」
「お父様?朝ごはんはまだかしら?」

 驚く霖之助をよそに輝夜はマイペースに話を続ける。
 どうやら空腹のようだ。輝夜は鳴る腹をなでながら飯を催促する。
 霖之助はジト目で輝夜を見ながら答える。

「…君に父親呼ばわりされる筋合いはないが」
「筋合い?あるに決まってるじゃない。昨日私を拾ってくれたでしょ?貴方の娘になるって私決めたし…」

 霖之助は勢いよく立ち上がり、隣にいるはずの赤ん坊がいなくなっているのに気が付いた。

「あの赤ん坊は…!」

 しかし、赤ん坊がいるはずの布団の上には輝夜が座っているだけであった。
 そしてあろうことか輝夜は自分を指してこう言った。

「ここにいるわ」
「いや君じゃなくて」

 霖之助は顔の前で手を振って否定するが、輝夜は腕をバタバタさせて容認させようとする。

「だからあの子は私なんだってば!」

 霖之助は信じたくなかったが、竹取物語の一説を思い出していた。

    今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。…   
    …この児、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる。…
    …なよ竹のかぐや姫と付けつ。…

 輝夜の言うことが本当ならば、確かに物語に沿った赤ん坊を拾ったことになる。
 しかし、まずなぜあのような場所にいたのか疑問になる。
 霖之助は疑いながら輝夜に聞いてみる。

「…なんであんなところに…」

 輝夜は特に隠す様子もなく、あっけらかんと言い放つ。

「ちょぉっと永琳怒らせちゃったの。でもいいわ。私にはもう一つの家が出来たんだから」
「待て待て!まさかこの家に住むつもりじゃないだろうな?!」
「あら、お父様ったら娘を捨てるつもり?なんて罪深い人なんでしょう…」

 服の袖で口元を隠しながらクスクスと笑う。
 確かに自分の子供にしようとも考えたが、その子供にすでに帰る家があるなら話は違う。
 霖之助は追い出そうと口を開こうとすると、自分の部屋をどこにしようかウロウロしていた輝夜は思いついたように言い放った。

「そうそう、そのうち竹林からの従者がやってくるわ。もちろん私を守ってくださるでしょう?」

 最後に「ね、お父様?」と付け加えウィンクをして部屋を探しに出て行ってしまった娘に霖之助は呆けてしまい開いた口が塞がらなかった。