「っぁ…っん…あ!あぁぁぁあ!!」
マヨヒガの八雲邸の一室に女の喘ぎ声が響いていた。
「はぁ…はぁ……今回は…激しかった、わね」
声の主はこのマヨヒガの主でもある八雲紫の声だった。
コトが終わったのかうつ伏せになり肩から上を布団から出している。
相手は魔法の森の道具屋の店主森近霖之助だった。
霖之助は乱れた服を直して何もなかったかのように振舞う。
「そうかい?君がもっと強くと言うもんだから力を入れたのに…痛かったかい?」
「いいえ…気持ちよかったわ」
紫は恍惚した表情で余韻に浸っていた。
「君もいつまでも布団に包まってないで出てきたらそうだ」
浸っているところを無理やり布団を取られる。
「やんっ!エッチィ…二回戦?」
「何がえっちぃだ!服も着てるのに。…二回目するのかい?延長料金を取らせてもらうよ」
「んもぉムードないわねぇ」
「マッサージにムードもへったくれもあるか」
そう、マッサージ。
霖之助はほぼ強制的に紫のマッサージをしにマヨヒガにやってくる。
否、連れ去られる。
霖之助はいやいやとは言わなくとも、しょうがなくマッサージを行う。
マッサージをしなければ身の危険を感じたためである。
もちろん貞操の意味で。
「大体君もやってる間服を引っ張らないでくれないか?終わったあと襟がずれ落ちていてしょうがない」
「あらぁごめんなさい?」
「あと、変な声を出すのも控えてくれ」
「変な気分になっちゃう?」
「…君ってやつは…不快感を呼ぶと言ってほしいのかい?僕はただ妙に落ち着かないと言いたいだけさ」
「落ち着かせてあげましょうか?」
「結構だ」
「イケズねぇ」
* * *
ただ今わたくし八雲藍は女の勘もとい野生の勘で大変不穏な風を感じ取っていた。
これもそれもすべてあの男のせいだ。
最近紫様はその男をマヨヒガに呼ぶ。
男というのは、魔法の森で古道具屋の店主、森近霖之助のことだ。
店主が来ている間は部屋に近づくなとまで言われるし…。
何をなさっているのか聞いたが「秘密」と言われ教えてもらえずしまい…。
燈が遊びに行っている時に限って店主を呼ぶ紫様…。
これは…これは何か良からぬ事をしているに違いない!
紫様の言いつけを破るのは少々申し訳ないが、紫様の身の安全を確認するためならしょうがない。うん、致し方ない!
いったいナニをなさっているのだろう…
ことによってはこの八雲藍…牙を剥くことがあるやもしれん…。
廊下を進むうちに何やら声が聞こえてきた。
主に紫様の声だ。
そして私の予想通りになったその様子に身の毛がよだった。
「んぁ!…もっと…もっと強く…!」
「こう、かい?」
「!…そう!そこ!!…ん…ぃっ痛っ!」
「でも、そこがいいんだろう?」
「やぁ…っ!」
全身の毛という毛が逆立つのが分かる。
我が主になんていう辱めを…!
気付いたときにはふすまを開けて叫んでいた。
「森近霖之助!その命この八雲藍が成敗いた…す…?」
マヨヒガに木霊が響いた。が、木霊の尾はすぐに途切れた。
その部屋には女と男がいた。
もちろん紫様と店主である。
一糸纏わぬ姿かと思っていたら双方共に衣服を着用している。
ただ紫様はうつ伏せになりその身の上に薄い布団をかけ、その横で店主が紫様の背中に指圧をかけているのが見える。
これは…これは…これは…
もしや…もしかすると…
「マッサー…」
「ジ以外に何にみえるんだい?」
「あっ!いや!」
店主に言われて自分が何を思ったかを恥じた。
「なぁに藍ー?ナニだと思ったのぉ?」
紫様はニヤニヤしながらこっちを見ている。
くっそう!紫様オチョックってる…!
「ねぇ藍ー?」
そのうち紫様がむくりと起き上がって私の耳元でささやいた。
「藍のエッチィ」
「ーーーーー!!!!」
言葉にならない悲鳴をあげる。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ…!
くそう!これもそれも店主がうちに来たせいだ!!
どうせ私のことをせせら笑っているんだろう!!
く~~~!!あなたはどうして私を屈辱にさらすのがうまいんだろうな!!!
精一杯平常心を保ちながら二人に言い放つ。
「マッサージ中に部屋に入ってしまい申し訳ございません。私は失礼させていただきます。」
「そう?」「ああ」それぞれが私に返し、私はそそくさと部屋を出る。
でも、これは気付いたら知らないうちに口から出てしまったんだ。
「くっそぉ森近霖之助ぇ!覚えてろぉ!!!」
マヨヒガに2度目の木霊が響いた。
ばたばたと廊下を走り去る藍に、霖之助は不思議そうに尋ねた。
「…あの人に僕は何かしたのかい…?」
「さぁ」
ニヤニヤする八雲紫だけが全てを理解していた。
* * *
しかし、散々な目にあった…。
どうしてあの店主は私の心を逆なでするようなことをするんだろうな。(自分の勝手な被害妄想などとは思わない)
「藍様~」
「橙か?…どうしたんだ橙!?その怪我は!」
橙の膝は血が滴るほどの擦り傷があった。
「ちょっとこけちゃいました」
「あー触るな触るな!今救急箱を用意するから傷口をまず洗ってきなさい」
「はぁい」
*
「染みるかもしれないが我慢するんだぞ」
血と土ぼこりがないだけにさっきよりも痛々しさはなかったが式を溺愛している藍にとっては心配そのものだった。
「は…はいぃ」
ビクビクと消毒液を怖がりながら燈は目をつぶっていた。
痛がる声は「痛い!」でも「あ゛に゛ゃ~~~!」でもなかった。
「あんっ!…やぁ…」
藍はあまりのことに一瞬意識がとんだ。意識をすれば鼻血が出そうになるのを必死に押さえる。
無意識のうちに出たのならしょうがない。たださっきの今だ。タイムリー過ぎる。
「ちぇ…橙…?どうした…?その、声…ていうか言い方…」
「紫様の真似です。この間、忘れ物を取りに来たときに紫様の部屋の前を通ったら、痛そうな声をしていたので心配でお部屋に失礼させてもらったんです。そしたら店主さんがマッサージをしていらっしゃって。大丈夫ですかって聞いたら紫様がこの声を出すと痛くはなく感じるのよ~って言ったんです!」
「ゆっ紫様ぁ~~~~!!!!!」
マヨヒガに3度目の木霊が響いた。
* * *
「紫様!!」
「やだ藍ったらノックノック」
紫様はマッサージ用の薄い服から外出用の服へと着替えていた。
着替えていたといっても上に着る程度、そんな姿もう数えられないほど見てきた。
確かに突然扉を開けてしまったことは申し訳ない。申し訳ないけれどコレとソレでは話が違う!
大いに異なっている!!
「ノックどころじゃありません!!紫様ったら幼い子になんつうものを教えたんです!!!」
「なんつう…って、ああ!『アハン』とか『イヤン』っていうの?」
「もうなんだか伏字にしてくれて助かるくらいです…」
紫様は物思いにふけったと思えば回想し始める。
「橙はいい子ねぇあなたと同じように『紫様大丈夫ですかっ?!』って涙目でふすまを開けて、そしたら私と霖之助の最中じゃない?」
「最中言わないでください!たかがマッサージに…」
「意味深に言ったほうが面白いのに」
「面白くなくて結構!」
「まぁ、それでね、この声を出すと痛くはなく、感じるのよぉって教えてあげたの」
待って?!待て!まて…今『、』が聞こえたぞ?燈との話では付いてなかった…
燈ったら日本語間違えっちゃってかーわい!とか思ってしまったじゃないか!
てういか、つまり、紫様は…
「……今私の耳が聞き間違えているんじゃないとして…痛くない、むしろ感じると聞こえたのですが…」
「藍ってばそんな露骨に言わなくてもいいじゃない」
ブチンと何かが切れる音が私のなかでした。
「幼子にそんなことを言うほうがおかしいです!!」
「やだっ藍怒ってる?」
「さすがに怒らせていただきます!どうして紫様はそんな下品で卑猥な言葉をつかいますかねぇ!!」
「下品と卑猥って…燈も大人になったら必要になるにきま…」
「今現在は知らなくてもいい上に紫様が教えてることはウソが8割じゃないですか!」
「そんなに言わなくたって…あ!マッサージしてあげるわ!結構すっきりするのよ」
「いいですよそんなの!それよりも…」
「あー分かった分かった!藍も霖之助にマッサージしてもらいのね!…このムッツリ。あ、ツンデレのほうがよかった?」
「ゆ~か~り~さ~ま~………いい加減にしてくださぁい!」
「きゃあ!」
私は紫様に覆いかぶさって、この間紫様の倉庫で見つけた奥義書に書いてあった『プロレス技』というのをお見舞いしようとしたそのときだった。
「紫、いつになったら僕をここから出してくれるん……だ」
ガラリと音をたててふすまが開いたと思えば、森近霖之助が立っているではないか。
「あ」
「へ?」
「………失礼した」
長い間をおいてふすまは閉められた。
今の私と紫様の格好…私が上に乗りかかって、紫様は半着替え中だったものだから、なんだ私が脱がしているように見えたかもしかして?!
つまりは…コトの真っ最中と取られたか?!
「そういえば送るの忘れてたわ」
紫様がどう思われるかはどうでもいい(え?何か?)
どうでもいいとして今の私はなぜかこの男の思い違いを弁解したくてたまらない衝動にかられた。
なぜか…何故だかは私自身分からないが…とりあえず叫ばせてくれ。
「ごっ誤解だぁぁぁああああ!!!」
マヨヒガに4度目の…以下は略しておく…。
* * *
今日はなんだか騒がしいマヨヒガ訪問だった。
なんでかマヨヒガの主の式に異常に睨まれるし。
主は主でそれをニヤニヤしながら見ているし、
そうだその式の式にこんなことを言われたな。
「あのね藍様は店主さんのこと嫌いじゃないのよ」
「そういわれてもなぁ」
明らかに敵意…むしろ悪意の目付きだったんだが…。
「ほんとだよ?!なんだっけ…この間紫様に教えてもらったんだけどな…」
えーっと、えーっと。と、頭を抱えながら式の式は考え込んで「そうだ!」と頭に電球が付いたかのようにひらめいた。
そして喜々としながらこう言った。
「つんでれ!!」
そうなのか。と納得して僕は問うた。
「で、そのつんでれとはいったいなんなんだい?」
「さー?」