《それはそれは昔の話》

 
 人に笑われるより笑いかけてもらえる人物になりたいと日々願っていた。
 自分も傍で笑いかけて、笑い返してもらえたらどれほど幸せに思えたことか。
 自分を好きになってもらいたかった。
 自分を好きになりたかった。

 しかし現実はうまくいかない。
 異形のものとして疎まれ、
 視線は冷たく、
 いつも小声で何かを囁かれていた。

 子供だったせいかすべてを自分のせいにしていた。
 他人からの視線は自分が醜いから。
 他人からこぼれる言葉は自分の性格を表している。
 いつしかそのように思えて自分から声を上げることを止めてしまった。
 そんな生活が日常になっていたときのことだった。


 自分の家が燃えていた。
 否、燃やされていた。
 村に日常品を買いに行って留守にしていたときだった。
 中には大切なものがあった。
 必死になって燃え盛る家に飛び込んで、すぐにその大切なものを探す。

 しかし、見つからない。
 もうすでに燃えてしまったのか、それとも誰かに取られてしまったのか。
 燃え盛る炎は待ってくれなくて、諦めて逃げることにした。
 出入り口はもうない。
 扉が炎に包まれている。
 意をけして窓を蹴破って出た。

 煙を吸ったせいで喉が痛くて息がうまく吸えない。
 四つん這いになって咳をしていたときに体が勝手にはねた。
 何が起こったのかわからなかった。
 ただただ頬に、腹に、所々に痛みが走り、口の中が鉄臭くなった。

 蹴られた。
 気付いたときには袋叩きにされていた。
 必死に体を守るが、いくら歯に力を入れても痛みは増える一方で不条理な暴力は止まない。

「あーーーー!!!ああぁぁあーー!!!」

 久しぶりに出した声はうまく出ずに、悲痛な叫びとなってあたりを響かせる。
 涙が出た。
 痛みに泣いたのか、大切なものを失ったから泣いたのか。
 涙なんか出ないと思っていた。もうとっくに干からびたと思っていたから。

「あぁぁあーーーーー!!!!」

 返して!助けて!痛い!

 言葉にならない願い。
 そのとき蹴っていた一人が言った。

『返せ』
『お前のせいだ』

 何のことだか分からない。

『返してくれよ』

 誰からの言葉かは分からなかったが、その声を最後に不思議と痛みが消えた。

『返してくれよ』

 でも声は消えない。

『返して』

 それは自分の台詞だ。
 目を開ける。
 そこに居たのは

「僕…?」

 そこには自分をにらみつける自分がいた。
 頭を抱えわが身を守っていたのがいつの間にか自分と対面している。

 返してよ

「それは僕の」

 ねぇ返して

 いつの間にか自分は“僕”の首に手を伸ばし力をこめた。
 苦しくて息が出来なくて、でも声はして。

 返して

 かえして

 カエシテ

 反して

 孵して

 帰して

 還して

 変えして

 たくさんの声がするような気がした。
 誰の声なのかわからない。
 今まで聞いていた声なのか、聞いたことのない人の声なのか、
 それとも自分の声なのか。
 そしてふと気付く。

 今、首を絞めているのは……“僕”?

「ハッ……っ!!」

 目が覚め、そこが自分の住んでいる家、香霖堂だと認識するのに時間がかかった。
 息は荒く、汗が大量に出ている。手は震えて、痺れているようにも思えた。
 内臓をえぐったような感覚と共に吐き気がしてすぐに厠に向かう。
 汗で服が張り付いて気持ちが悪いのを解消するため湯浴みをする。

「よう香霖!・・・なんだ朝から湯浴みか?豪勢なもんだな」
「寝汗がひどくてね」
「なんかいやな夢でも見たのか?」

 霖之助は虚空を見つめ、思い出すように目を細める。

「・・・さぁ?忘れてしまったよ」

 

醜い自分が誰より憎い