《無意識の愛憎》


「霖之助…」
「いらっしゃ…!どうしたんだその怪我!」
「大丈夫…こんなのすぐ…」

 香霖堂の開かれた扉には竹林に住む藤原妹紅が立っていた。
 しかし、その体には無数の傷があり、妹紅は立っているだけで精一杯の状態。

 血が床に滴る。
 いくら待っても傷は再生しそうにない。
 心配しないわけがない。

「いくら不死身といってもその傷は…!」
「霖之助…お願いがあるんだ」
「そんなことより手当てを…」
「いいから!聞け!」

 救急箱を取りに行こうとしたが、待ってと言う声と同時に腕をつかまれたと思ったら妹紅に押し倒され、馬乗りの状態で対峙することになった。
 いつもと違う。こんな必死な姿は見たことがない。
 しかし、これは必死というよりもっと違う、別の感情が彼女の瞳に映し出されていることに霖之助は気付いた。

「…な、んだい?」
「これを飲んでほしい…」

 生気のない表情で妹紅はポケットからビンを取り出す。
 飲み物であろうビンの中には液体が入っていた。

「これは…?」
「いいから!早く飲まないと…お前は…!」

 あまりにも必死の形相だったので要望に応じたかった。応じたっかたが、いくらなんでもこの要望は誰でも応じることが出来ないだろう。

「…申し訳ないけどこれは飲めないよ」
「なん、で…」
「蓬莱の薬なんて。なぜ君がこれを持っているんだ」
「そ…そうか、お前の能力だもん…な」
「なぜと、聞いていいかい?」
「…」

 うつむいたまま、妹紅は黙ってしまった。

「妹紅」
「はは…お前に名前を呼ばれるの好きだなぁもっと呼んでくれないか」

 力なく笑う。
 なぜだか背筋が凍る。

「妹紅、妹紅君は何を」
「霖之助…私、は…お前を」

 手を上げる。その手にはガラスの破片が握られていた。

「ぐぁぁあ!!」
「ああ!ダメだ!体が…!気付いたらこうお前のを傷つけてしまう…!」
「ああぁぁあぁあああ!」
「好きなんだ、お前のことが!でもお前は誰とも寄り添うこともしない、うれしかった。でも不安なんだ。
いつお前をさらうものがいるか怖いんだだから、いっそ私の手で殺してしまいそうなんだお前を。好きなのに。殺したくないのに体が…勝手に!
だから私が殺す前に…この、薬を…なぁ飲んでくれ霖之助。霖之助?」

 妹紅は自分の手が紅く染まっているのに気が付いた。
 知らず知らずのうちに霖之助の腹も赤で染めていたのだ。
 知らず知らずのうちに皮膚を破り、知らず知らずのうちに内臓をまさぐっていた。
 妹紅は霖之助の息を確かめる。
 虫の息。

「ああ!やってしまった…!霖之助!お願いだ目を…開けてぇ…!生きて!好きなんだ…!愛しているんだ!!だから…」

 妹紅はおもむろに液体、蓬莱の薬を自分の口に含み、霖之助に口付けで飲ます。
 こくりと喉から聞こえたと思えば血が溢れる腹部の傷は塞がって、霖之助の息は何事もなかったかのように整っていた。

「よかった…ずっと、いっしょだ…ずっと…ずっと霖之助…りんのすけ…」

 霖之助の頭を抱いて霖之助の名を呼び続けるその姿は狂気そのものであったという。