《きゅうり味のビール小売店 香霖堂本店》


 “在庫処分”と書かれた木箱が1つ、重たさ気に勘定台に置かれる。木箱にはビールと思われる液体が入ったビンが1ダース。
 そしてこのビール瓶を持ってきた張本人が木箱の向こうから頭を覗かせていた。

「ねっこれ買い取らない?」
「…結構だ」

 霖之助は露骨に嫌な顔をすると読んでいた本に視線を戻す。
 あわててにとりは勘定台の裏に回り霖之助の横に立つ。
 そして、必死にアピール。

「えーなんでぇ?! おいしんだよ? きゅうり味のビール」
「じゃぁなんで君が売らないんだ」
「それは聞いちゃいけないよ」
「だいたいなんでコレを作ったんだい? 君は発明家だろう?」
「きゅうりからビールを作る機械も発明じゃん」
「…なるほど分かった。機械の制作費に生産売り上げ費が間に合わなくて赤字なんだね」
「うう…」

 墓穴を掘られて顔を伏せる。いつもは発明は爆発だと思っているため、多少の予算オーバーは目をつぶっていた。もとい見なかったことにしていた。
 しかし、今回のこの機械には莫大な費用が掛かってしまったのだ。
 さすがに毎食ビールでは参る。たまにはきゅうり丼も食べたい。要するにお米が食べたい。
 そのためには、この在庫処分になってしまったきゅうり味のビールを何とか売って生計を取りたいのだ。
 たとえ賞味期限を偽装しようが、消費期限さえも偽装しようが。

「大体なぜきゅうりなんだい?きゅうりに含まれるククルビタチンと呼ばれる配糖体は熱に安定するため熱しても苦味は消失しないし…」
「え?何語?」
「…まぁ僕も本で読んだだけだしね」
「こんなに美味しいのに…」
「神社に酒の好きな鬼がいるよ、そこにいけばどうにかなるんじゃないかい?」
「あの神社がコレを買い取ってくれるわけがない」
「…」

 買い取られるどころか、この間の慰謝料などと言われがめつく取られるのが目に見える。
 それは、霖之助にも安易に想像ができたので、少し申し訳なくなった。
 そしてにとりは奥の手を出す。

「ねぇじゃあさ!うちら結婚したらいいんじゃないかな」
「は?」

 突然何を言うと思ったら。そんな顔で霖之助はうんざりするようににとりを見る。
 けしてここに永久就職して飯代、およびビールメーカーの借金を山分けさせようなんて考えてない。

「考えてないよ!!!」
「誰に言ってるんだい?」
「いやいや私の独り言」
「?」

 少々恥ずかしい思いをしたことに後悔しつつ、話をそらす。

「いやぁ~君の店素敵じゃない!私のしらない道具がいっぱいで!ここは店なんでしょ?私がビール作る、君が売る。いいじゃんいいじゃん!聞けばどこぞの白黒魔女のミニ八卦炉もアンタの発明なんだって?かぁっこいい!!………か、解体してぇハァハァ」
「聞こえてる聞こえてる」

 手をワキワキさせながら、明らかににとりの目は結婚を目的としていない、解体願望でいっぱいの目だった。

「とにかくさぁ発明家同士家族になるのもアリだと思うんだよ。うん!」
「あのねぇ…まず、女の子がすぐにそうゆう風に言わないこと。軽い妖怪だと思われてしまうよ。それに僕は気が向いたときにしか道具作りはしないし…まぁ依頼がくれば別だが」
「人間大好きだから君のことも好きだよ?」

 可愛く上目遣いで霖之助を見たが、霖之助には効かなかった。

「半分ね。ほらほらこの後お得意様が来るんだ帰った帰った」
「む~…またね!」

 にとりは重い木箱をもろともせずに抱えると、明るい声で言う。
 霖之助はというと、いよいよ付き合いきれなくなったのか、にとりに背を向け声だけで答える。

「はいはい、またお越しくださいませ」


* * *


 ニトリは店を出るとくるりと香霖堂を仰ぎ見る。そして小さな声でつぶやいた。

「女の子がプロポーズするなんてどんな量の勇気がいると思うんだバカだね」