《夏の涼しい日》

 

 日差しが強いといえば強いのだが、風は暑苦しくなく、秋の気配がする空気を放っていた。
 そろそろ夏が過ぎようとしている、そんなある日。

「そろそろ僕も働こうと思うんだが…」

 それは土曜日の昼食の最中のこと。
 箸を置いた霖之助は申し訳なさそうに二人に前々から思っていたことを話す。
 蓮子とメリーは冷麦を食べることを止め、丸い目をして驚く。そして、花が咲いたように喜んだ。

「霖之助ヒモから脱出ね」
「絶対お客さんとしていくよ!」

 二人、メリーと蓮子はそれはそれは喜んだ。しかし、次の言葉で凍りつく。

「それで…僕が働ける職種って何だと思う…?」
「………」

 二人は言葉を失った。


* * *


 求人誌を床に広げながら、とりあえず、この世界のことをあまり分からない。蓮子に言わせてみたら世間知らずの霖之助ができることを探してみることにした。
 蓮子は前の仕事と関連させて考えようとした。

「前はどんなバイトしてたの?」
「道具屋を経営していたよ」
「霖之助の実家ってコンビニなんだ」

 霖之助はこちらへ来てはじめてコンビニに出向いたときを思い出していた。
 夜なのにかなり明るい店内、冷暖房完備、冷たいものと暖かいものを同時に売ることができる上、それが24時間営業できることに驚くばかりだった。
 しかし、香霖堂はそうではなく、コンビ二と並べることはできないと霖之助は判断する。

「コンビニではないかな…」

 そして、メリーこと香霖堂を知る紫は一言付け加える。

「あえて言うなら骨董品屋ね」
「へー」

 蓮子はパラパラとページをめくって骨董品店の求人を探す。

「ここら辺で骨董品屋はあるのかい?」
「骨董品屋っていうか…質屋なら見かけるけど」

 どうやら骨董品屋の求人はなかったらしい。蓮子はあごに手を添えて考えた。
 まずああゆうところってバイト募集やってるっけ?と付け加えるが、メリーは骨董品屋でのバイトに反対した。

「ダメよ霖之助。そんな客の来なさそうなとこで働いてちゃ前と一緒じゃない。もっと忙しそうなとこにしたら?」

 せっかく外の世界に来たのに幻想郷と同じ生活をしていては意味がないからだ。

「そ、そうだな」
「家庭教師とかは?頭よさそうだし」

 蓮子は思いついたように言うが、メリーによって却下が下される。

「ダメダメ、きっと生徒にバカにされて遊ばれて成績上げるどころか下げちゃうわ」
「………」

 霖之助はそうかもしれないと思った。
 根っからの文型な霖之助でも歴史・国語共にこちらとでは学びの内容が違うのでどっちみち教えることはできはしないだろう。
 勉強だけでなくとも確かにこちらの世界の知識が少ないこともうなずけてしまう。

「じゃ!ホストは?霖之助顔はいいし」
「この男に接客ができるのかしら」

 またも蓮子が案を出すもメリーは疑問を投げつける。

「………」

 女性客に商売したことはあるが、それとこれとは話が違う。ホストとはその女性客を楽しませる職業なのだ。霖之助には難しいかもしれない。

「うーん?普通にコンビニアルバイト!初心者には優しいかも!」
「ぶっちゃけ想像しがたいわね・・・」
「あはは私もそう思った」
「………」

 またも蓮子が案を出すが今度はイメージで自ら却下をした。彼女らにとって霖之助のバイトは見た目も重要な要素になっているようだ。
 霖之助は黙るばかり。

「案外保育士さんとか似合、わなそー!!」

 蓮子は霖之助がエプロンをして子供たちと仲良く手を繋ぎ、輪を作ってお遊戯をする姿を想像して大爆笑した。

あっはっはっは!

 その横でメリーはちょっといいかもと思っているのが二人の感性の違いなのだろう。
 そして次々と案を出すが、妥協案どころかことごとく棄却される。

「宅配?免許ないし」
「つかレジ壊しそう」
「事務?文字通り地味!!」

あーっはっはっは!!

 蓮子とメリーは霖之助のバイト姿に面白おかしく想像、もとい妄想をして大爆笑している。

「…メリーはとにかく、蓮子…君まじめに考えてくれてないだろ」
「あ、バレた?」
「なんで私はとにかくなのよ」

 いつもそうゆう態度だからさ…。と言いたいところをぐっと我慢して黙って事なきを得ることにした。

「なんかさーイメージ?で考えちゃって…」

 自分は遊ばれていると理解した霖之助は、ため息をつくと床に散らばった求人誌を拾って自分の部屋に行こうとした。

「…もういい僕一人で探してみるよ」

 霖之助の様子に慌てた蓮子は最終的に脳裏に浮んだバイトを提案してみる。

「ああ待った待った!最後に1個!駅前にカフェがあるんだけどそこは?ただお客さんにお茶持ってくだけ!ウェイターさん!どう?」
「まぁ…それなら」

 霊夢に対しお茶を注ぐことも少なくなかったし、紅茶もコーヒーも紅魔館のお嬢様のおかげで淹れることができる。そのバイトなら霖之助はできると判断した次の瞬間。

「いい!!!」
「?!」

 突如メリーが大声で叫んだのだ。手は虚空で力強く握られ、目は何故か血走っている。

「いいじゃないハマってるんじゃない?!」
「でっしょー?!あそこオシャレでお茶も美味しいんだよー」

 すっかり少女二人はノリノリになって話を進め始める。

「メ、メリー…?蓮子…?」
「そうと決まったら写真と履歴書」
「私カフェの連絡先調べるね!」

 アレよアレよという間に霖之助は偽の履歴書と、蓮子たちが勝手に進めた面接日に面接し見事合格、霖之助はバイトをはじめる事に成功したのであった。