《夏の狂った日》

 

 春の狂乱者とはよく聞くものだが、実際のところ季節関係なく活動する狂乱者も少なくはない。
 春の過ぎ去った夏でさえ、紅霧異変をやらかす者もいることは確かで、この外の世界にも夏に異常者、英語で言えばアブノーマルな輩もいる。
 下着泥棒。狂乱者と言う名の犯罪者。
 蓮子とメリー、そして霖之助が住むこの地域にたびたび出没するその狂乱者に少女2人も悩まされていた。

「よし!下着泥棒め…成敗してくれる…」
「危険だと思うんだけど…」

 夏の暑さも和らぐ夜。少女2人はベランダの物陰に隠れて作戦を練っていた。
 手には大学のソフトボールサークルから借りたバットと剣道サークルから借りた竹刀が握られている。
 蓮子とメリーの住むアパートは1階な上に人通りの少ない道路をベランダが向いている。
 下着は室内、もしくは物干しにタオルを干して周りから見えないように干している。
 その日は天気も良かったのでタオルで隠して干していた。
 干していた当初、室内には少女2人。レースのカーテンと網戸だけが部屋と外とを隔てていた。
 しかし、盗まれてしまったのだ。
 メリーの下着が。

「メリーは自分の盗られたのに黙って見てろっていうの?!」
「だからって…とりあえず霖之助が帰ってきてからでもいいんじゃないの?」

 未だ霖之助はバイトから帰ってきていない。遅くなるとは聞いていたが、そろそろ帰ってきてもいい時間である。
 しかし、蓮子は下着泥棒に憤怒し、犯人を捕まえようと意気込んでいる。
 その証拠に夜なのに物干しには少女らの下着が風に揺らめいていた。

「だめだよ!男がいるって分かったら泥棒こないじゃん!」
「…そのための霖之助だと思わないの?」
「メリーも息を潜めて!」
「……はいはい」

 メリーはどうせ下着泥棒は来ない思っている。
 もし来たとしても最悪下着泥棒をスキマに永遠に閉じ込めてしまおうと思っていた。
 人間が妖怪にかなうわけない。そんな安心とともに蓮子が飽きるまでは付き合ってやるつもりだった。
 しかし、予想というものは大妖怪であっても外れることはある。
 何時間も待つと思っていたその時間は思ったより早く来たのだ。

ガサッ

 ベランダの向こう側から物音とともに人の気配がした。
 その人物の目的は紛れもなく物干しの下着であった。

『来た!』
『ウソ!』

ゴソゴソ…

 下着はするすると物干しから外れる。
 突然のことに混乱する蓮子は震える手を握り締めて、持っていた竹刀を力いっぱい振り下ろした。

「かっ覚悟ーー!!!」

ガンッ

「いたっ!」

 一度当たってしまえば最後。蓮子は「このっ!このっ!!」と言いながら下着泥棒を叩き倒していた。
 メリーは自分の下着を取っていった犯人に静かな怒りを飛ばそうとそっと結界を開いてスキマ送りにしようとしたが、犯人をよく見ると見知った人物だった。

「蓮子待って!」
「えっ何!? …って霖之助…?」

 数十回におよぶ竹刀の攻撃に目を回していたのは紛れもなく居候の森近霖之助であった。


* * *


「いてて…なんなんだい全く…」

 居間に移動し、目の覚めた霖之助の前に少女2人は顔を歪ませながら正座をしていた。

「霖之助…そんなに欲求不満だったのね」
「は?」
「霖之助がそんな人だとは思わなかったよ…変態の道に進んでいるなんて…ごめんねっ!分かってあげれなくて…!」
「え?」

 2人は霖之助が行っただろう悪行に涙を流すが、霖之助は何が起こっているのか分からないかのように首を傾げることしかしない。

「警察へ…行きましょう…」
「はぁ?!君たち何言ってるか分からないぞ」
「何って…霖之助が下着泥棒なんかするからでしょ?!」
「だれが君たちのを取ったんだい?」
「メリーのがなくなってるの!これはどう説明する気?!」

 やっと自分が下着泥棒だと間違えられていると分かった霖之助は、盗まれただろう下着を思い浮かべてジト目で2人を睨んだ。

「……それって淡い薄紅色のあの下着かい?」
「ほらーやっぱり霖之助が犯人だー!!」

 メリーはというとポッと頬を染めて、霖之助が自分へ性欲を出してくれたと思い、嬉しさを感じていた。しかし犯罪は犯罪。ちゃんと裁かれなくてはいけないもの。
 出牢したあかつきには、歪んだ愛ではなく純粋な愛を教え、そして育もうと決意し2人の愛の巣を想像していると、思ってもいない言葉が霖之助から発せられた。

「ベランダの下に落ちてたからね」
「……へ?」
「今日のは夜だというのに下着が干しっぱなしだったからベランダからとっただけだよ」
「でも見つからない…」
「君たちのうちどちらの下着かだなんて僕は知らないから適当にタンスに入れておいたんだが…」
「適当って…! 慎重に扱ってよ!!」
「君たちが下着だけは僕に触らせなかったからだろう!」

 居候の身である霖之助は家事の多くを担当していた。
 しかし、下着だけは少女たちが洗濯していた。
 これは女性の恥じらいなのだが、そのせいで霖之助は下着をしまう場所が分からなかったのだ。
 ちなみにメリーの下着はタンスの冬服の引き出しから見つかるが、これはこの話が終わった後に分かることである。

「そ…それも、そうだね」
「それに警官に注意までされてしまったしね」
「え?いつ?」

 蓮子と霖之助の言い合いは警官の話によって終止符が打たれたが、メリーは自分の妄想がガラガラと壊れていくのが分かって落胆していた。

「二人とも大学に行ってる時間だよ。いんたーほんで…警官が」

 そのとき霖之助の視界の隅に警官の顔が映った。
 それは記憶の隅ではなく、窓の向こうでもなく、四角い画面に映されていた。

『次のニュースです』

「ああ、この人だ」
「この人って…」

 それは音量を小さくしていたテレビ画面から。

『京都府内の民家などで下着の盗難が相次いでいる事件で、無職○○○○容疑者(31)を今日午後…』

「下着泥犯人じゃん…」

 あまりのことに3人は開いた口が塞がらなかった。
 そしてアナウンサーの言葉は続く。

『警官を装い強姦の容疑も確認され…』

 つまり、警官に扮した犯人に対応したのが少女どちらかとしたら、もしかしたら強姦されていたのかもしれないのだ。

「あ、危なかったね…」
「………」
「……そ、そうね…」

 3人は顔を青くして自分たちの無事に感謝するのであった。