《秋の暑い日》

 

 夏は過ぎたというのにその日は暑かった。
 駐車場の猫はその暑さにへたばり、夏の虫は慌てて鳴くことを再開する。
 まるで夏が舞い戻ったような気温に、気象予報士は舌を巻くばかりだった。
 霖之助のバイトが決まってからというもの、蓮子とメリーの予定及び霖之助のシフトが合わず、今日が初めての霖之助のバイトの様子を見に来たのだ。
 駅前にある小洒落た喫茶店は暑さのためにオープンテラスを閉じていた。
 そのため外から様子を見ることは出来なかったが、中に入ってその異変に2人は驚いた。

「…何コレ」
「この喫茶店って…こんなに女の子のお客さん多かったっけ」

 蓮子は以前来た時の様子を思い出すが、そのときはちゃんと新聞を読むサラリーマンの姿や男女の談笑する姿が思い出せた。
 しかし、今はどうだろう。見渡すばかりみごとに客が女性なのだ。
 女3人でかしましいとは言うが、そこらからは甲高い会話が耳を襲う。
 案内された席につくと、メリーは腕時計を見た。

「…確かにこの時期この時間、女子大生はもちろん、OLは昼休みだもの、ここにいてもおかしくないわ…」
「前来た時…こんな雰囲気じゃなかったんだけどなぁ」

 蓮子は呆然とする中、メリーは冷静に店の分析をし始める。

「ウェイター…イケメンが多いわ」
「店長が変わったのかもしれないね…あ、霖之助だ」

 蓮子がこの店に来たのはもうだいぶ前のことだ。あとは外から様子を見る程度だった。
 その間に店長が変わって店の雰囲気を変えるのもありえること。
 女性客の多い店内で白と黒の制服を着た男性がちらほらと見える。
 この店で働く店員である。
 その男女比というと1:0。
 ウェイトレスはなく、ウェイターしかいないのだ。
 出で立ちはまるで客に仕える従者のようで、メリーの中の紫は紅い館の従者を思い出せた。
 客は思い思いに店員に話しかけているが、ウェイターはうまいこと客と話を楽しみ、かつ適度なタイミングでお茶を持ってくる。
 商売上手だと思うが、趣旨を選ぶ商売だとメリーは思った。
 そんな中、一人派手な服装に身に包んだ女性にしつこく話しかけられているウェイターがいた。
 言わずもがな、森近霖之助その人である。

「ねぇねぇ森近さぁんメアド交換しない?」
「困りますお客様」
「そんなこと言わずにさー」

 霖之助はやんわりと突き放す。
 しかし、突き放してはいるものの、女性は諦めることなく霖之助にペタペタと触り、なおも喋りかけて迷惑だというのが様子から見てとれる。
 幻想郷にいるときの露骨に嫌そうな顔をしているわけでもない。
 どうやら客にどのような態度をとるべきなのかは分かっているようだ。
 そんな姿を見て、蓮子とメリーの胸はザワザワと言うのであった。

「なんだろう…なんか…」

ムカつく…?

 蓮子は自分の身に起こる異変に首を傾げた。

「………」

 メリーにいたっては何かを考えているかのように押し黙っている。
 そして、蓮子がメリーに声をかけようかとしたときだった。
 スクッと立って大きな声で言った。

「霖之助ぇ!こっちにメニューお願いできるかしらー」
「ちょっ!メリー?!」

 霖之助は一瞬呆けたようにメリーたちを見ていたが、注文があったかと気付くとこれ幸いに女性の手から離れるのだった。

「はいただ今!」

 メニューを持ってきた霖之助にメリーと蓮子は話しかける。

「ずいぶん人気者ね…」
「ホント!びっくりしちゃったよ」

 蓮子はいつもと同じようなのだが、メリーはどこか怒っている様子だった。
 しかし、霖之助はそのことについて気付いていない。

「いや…よく分からないんだが…なにかあの女性に気に入られてね。とにかく助かったよ」
「私たちは何もしてないわ…」

 ただ、メニューを持ってくるように頼んだだけよ。と付け加え、霖之助の言葉にフッと目を逸らしたメリーだったが、蓮子はマイペースにメニューを選んでいた。

「とにかくメニューで呼んだんだから何か頼まないとね。私ミルクティのアイスにスコーンを付けよう。メリーは?」
「私も同じやつにしようかな」
「かしこまりました」

 浅く礼をして急ぐ様子もなく霖之助は奥へと戻っていった。
 後ろ姿が見えなくなるまで覗いた2人は、談笑するもメリーの様子が少しおかしいことに蓮子は気が付いた。
 このおかしな様子に霖之助は気付いていなかったが。気付いた蓮子でもその理由が分からなかった。

「霖之助ってばなかなか様になってるよね。もっとあわあわしてるもんだと思ってた」

 蓮子はクスクスと笑いながら、あわあわしている霖之助を思い浮かべ更に笑みを浮かべる。

「…伊達に歳食ってないものね…」
「え?何?聞こえなかったよ?」

 呟くように言った言葉は蓮子には聞こえなかった。

「いいえ?それより蓮子…周りの視線…気付いた?」

 何もなかったように話しかけるメリーはコソコソと周りの様子を伺い始めた。

「あー…ぼちぼち」

 蓮子は頬を掻きながら、目だけを周りに向ける。
 そんな蓮子にメリーはまるで人事のように頬杖をつきながら呟く。

「怖いわぁ嫉妬ってやつかしら」
「……」

 ここは突っ込むべきだろうかと思ったが、ただならぬメリーの様子に蓮子は突っ込めなかった。

「特にあの女…見て嫉妬に狂った目…本当に怖いわぁ」

 さっきまで霖之助に付きまとっていた女性に視線を移した。
 霖之助の胸には小さく『森近』と書いている程度であり、下の名前までは常連でも聞かなければ分からないだろう。
 彼は常連であろうと教えている様子はなかった。
 だからこそ名指しにした蓮子とメリーには周りの視線は痛々しく、特に先ほどの女性からは射殺すような視線が送られていることを2人は重々承知していることだった。

「…まぁたしかに怖いけど…」

 蓮子はあまり目を合わせないように平然を装っているが、メリーに関しては売られた喧嘩を買うように視線を合わせている。
 蓮子は自分の血の気が引くのが分かった。

「め、メリー…?」
「私たちと同棲してるって言ったらどうなるかしら」

 突如クスクスと笑いながら周りに聞こえないような声で囁いた言葉に蓮子はさすがに突っ込む。

「同棲って…同居の間違いなのでは…?」
「…これは…なんとかしなきゃ、ね…?」

 目が燃えていた。…ように見えた。

「なんとかって…あ」

 女性は他のオーダーから帰ってきていた霖之助を呼びつけるとわざとらしくこけた。…座っているのに。

「あっ!足がもつれて…!」

 肩に顔を寄せてそのまま悦に浸るかのように長い間半抱きついた状態になる。

「…大丈夫ですか?」

 気分が悪くなったのか、それとも別の意味なのか、霖之助の表情には心配の文字はなかったものの店員側にとっては一度聞かなくてはいけない疑問を投げかける。
 女性は頬を紅くし、満足そうに霖之助を放した。

「ええ」

 そして、メリーと蓮子の方を見ていやらしく笑ったのを2人は見た。

にんまり…

 そんな音がしそうな趣味の悪い笑いに2人の脳内で雷が落ちた。…落ちた感覚があったような、なかったような。

「今無性にイラッとしたわ!」
「……」

 メリーは露骨に女性の行動にイラつき、蓮子は今さっき自分の脳内に落ちた『ピシャーンッ』という音がなんなのか首を傾げていた。
 これは“売られた”と判断したメリーは、テーブルを拭く霖之助を呼び寄せた。

「霖之助!ちょっと…!!」
「なんですか?」

 トコトコとやってきた霖之助に蓮子は無意識に頬が緩んだのは誰も気付いていない。

「あははー霖之助が私たちに敬語だ」
「仕事口調ってヤツだよ」

 そんなたわいない話を横目に、メリーの視線は女性とにらみ合いをしている。

「…あの女性…なに?!」
「メリー直球だなぁ…」

 蓮子は積極的なメリーに苦笑しつつ、またも頬を掻いた。
 霖之助は先ほどと変わらない口調で同じようなことを言う。

「さっきも言ったじゃないか、ただ気に入られただけさ。常連だしね」
「…ふーん」

 霖之助を呼んでおいて何もないのはおかしいと思いながら、蓮子は霖之助に喋りかけようとしたとき。
 隣からすぅっと息を吸う音が聞こえると思えば、突然メリーが店全体に聞こえるだろう音量で言い出した。

「ところで霖之助!今日の夕飯がいい?!」
「わ!メリー声大きい!」

 霖之助はメリーらしくない様子を妙に思いながら、メリーに小声で話すように自ら小声で喋る。

「…今答えなくてもいいんじゃないか?夕飯前には帰るんだし」
「いいから!」

 しかし、メリーは音量を抑えようとしない。

「…この間の冷しゃぶが食べたいな。今日は暑いし」

 早々と会話を終了させた方が賢明と判断し、思いついた食事と、それらしい理由をつけた。

「冷しゃぶね!まかせてちょうだい」

 なおもメリーは音量を下げない。そして蓮子は突っ込む。

「作るのどうせ私だよね…?」
「メリーあんまり大きな声は…」

 自分が小声になってもあまり効果がないと思い、今度は普通に注意しようとしたが、よその席からオーダーが入った。

「スミマセーン」
「! はいただ今!」

 音量を下げるように。と小さく注意すると、メリーたちに背を向けて仕事へと戻ってしまった。
 メリーは女性に視線を送るとフフンと鼻で笑うそぶりをした。
 その瞬間。

バチバチバチ!!

「なんだか…火花が見えるんだけど…」

 蓮子は店内なのに火花が散る情景が見えてしまった。


* * *


 あわただしいとは思われない落ち着いた空間をお客様に提供するというのがこの店の基本規約なのだが、霖之助はどうもその基本規約を守れていなかった。
 守ろうと努力するも、常連の女性のように付きまとわれることが多いのである。
 女性の扱いが手馴れているどうこうではなく、この世界において禁句(タブー)を言ってしまわぬか霖之助は不安だった。
 つい先日、オーブンたる天火のことを天火明命(あまのほあかりのみこと)の名から由来したのかと聞いて従業員の目を点にしてしまってから気が付いた。
 メリー及び紫の言っていた『ああ』と『まぁな』はこうゆうことなんだろうとやっと理解したのだ。
 下手なことを言ってしまい何かしら問題が発生した後では遅いのである。
 だから霖之助は客の扱いが下手で、この不慣れな仕事にも息苦しさを感じていた。

 注文されたアイスコーヒーを丸盆に乗せて真っ直ぐに歩いているとまたも常連の、メリーとにらみ合っていた女性客に止められてしまった。
 内心酷く鬱陶しいと思っているが、ここは客商売。顔に出すことは許可されていない。

「霖之助さんって言うのね」
「…はぁ…」

 あまり下の名前まで教えることはしたくなかったんだが…と思いながら、霖之助は力なく返事をする。
 霖之助はなぜこんなに状況になってしまったのか考えた。
 この店は霖之助が入る前に店長が変わり、店の環境を変えたらしい。
 『あわただしいとは思われない落ち着いた空間をお客様に提供する』という基本規約は変わっていないのだが店長の趣向が大きく偏っていたため、ウェイターのみ、バイト審査は顔が基本という霖之助にとっては首を傾げる規約があるのだ。
 霖之助はここにいることは自分にとってプラスになるのかと疑問を持ち、頭の中でグルグルと自問自答を繰り返していた。
 そのうち腕をやんわりと触れられ、自分は接客の最中だと気が付いた。

「ねぇ?今度私と遊ばない?」

 甘い香りを放ちながら真っ赤な唇はそう言った。
 霖之助はどうもこの匂いが嫌いだった。
 人工的で、にせものの匂いをどうして人間は付けるのかが分からなかった。
 いつもいつも同じようなことをこの女性から聞いた。
 そして、いつも同じ台詞を言うのである。

「ですから…お客様からのそのようなお誘いはお断りしていて…」

 女性は触れた腕を回してぐっと顔を近づける。
 強烈な人為的匂いに顔を歪めた。

「あら、お客様じゃないわ。一人の女として霖之助さんと付き合いたいのよ。あんな地味な友達連れたエセ外国人より私の方が魅力的だと思うわ」
「……っ」

 どうしてここにメリーと蓮子が出てくるのか分からなかった。
 蓮子はけして地味な顔立ちではない、それにメリーを似非(エセ)というのであれば、自分から発せられる匂いの方が似て非なるものである。
 霖之助のはらわたが煮えくりかえそうになったとき。
 熱したはらわたを冷やすような水音がした。

バシャバシャバシャッ

「なっ!!つめた…」

 女性からのきつい匂いは香ばしいコーヒーの匂いにかき消された。
 腕は解かれ顔を上げると、空のコップを持ったメリーが立っていた。

「メリー!」
「私のことはなんとでも言っていいけど蓮子のことを侮辱したら私が怒るわ」

 女性は何が起こったか分からなかったように呆然としていたが、自分の顔に褐色の液体が流れるのを見てそれが霖之助が持っていたコーヒーだと理解すると、目くじらを立てて怒り出した。

「何すんのよ!」

 しかし、女性以上にメリーの方が憤怒している。
 喋り方こそ静かだが、霖之助はその様子に幻想郷での彼女を思い出した。

「貴方こそ。もう大概にしたら?ウェイターを自分の執事みたいに扱って…店、間違っているんじゃなくて?毎日来てるくらいだったらホストにでも行ったらどうなの?あちらのほうが貴方の期待に答えてくれるでしょう?」

 気付くと他の客からの視線が流れていた。
 メリーは気にしていない様子だったが、女性は顔を真っ赤にして財布から万札を出すと、乱暴に霖之助に押し付けた。

「!!………かっ帰るわ!おつりはいらない!」

 近づきがたい雰囲気にメリーの後ろには蓮子が不安げな表情をして立っている。

「メリー…」

 霖之助もメリーに声をかけようとしたが、奥からやってきた店長と思しき中年男性に呼び止められ、霖之助もまた奥へ消えてしまった。

「ちょっとちょっと森近くん?!この忙しいときに何やってんだ!」
「すみません!」
「トラブルかい?!困るなー!」
「すみません!すみません!」

 騒ぎの後なので店は静寂に包まれ、店長と霖之助のやり取りが筒抜けであった。
 席に戻った2人は周りの視線を気にしながら小声で会話をする。

「あちゃー霖之助すっごく怒られてる…大丈夫かなー」
「………」

 蓮子は何事もなかったかのように喋りかけるが、メリーは激しい自己嫌悪に襲われていた。
 一般客にあのような振る舞いを行ったこともさることながら、今の自分はメリーであることを忘れていたのである。
 メリーはしょんぼりと肩を落とすも、蓮子はやわらかく笑ってメリーを励ました。

「…あんなことしなくても良かったのに」
「……でも、許せなくて…」

 ちらりと蓮子を見るその表情の心苦しそうな様子に蓮子は吹き出して笑ってしまった。

「あはは!もーメリーはいいやつだなぁ!」
「本当にね」

 丸盆を2つ持った霖之助が突然会話に入ってきたのだ。

「霖之助…」

 やはりメリーは申し訳なさそうに霖之助を見上げるが、長い間は見ていられなくてフッと視線をそらした。
 そんなメリーの様子に軽く息を吐いて、長いこと水だけしかなかったテーブルに彩を加える。

「お待たせしました。ミルクティーとスコーン、あとこれは僕から」

 ミルクティーと、ジャムとメープルシロップがそれぞれ入った小皿の乗ったスコーンの皿、そして2人の目の前には注文していないはずのケーキが1ピースずつあった。
 黒いスポンジに粉砂糖が振りかかり、そっと皿に添えられた生クリーム。チャービルの緑が眩しく映える。

「ガトーショコラだ!」

 2人は花が咲いたように喜んだ。
 しかし、騒ぎを起こした今に、このような勝手なことしては解雇の可能性もあるのではとメリーは心配そうに霖之助に聞いた。

「…大丈夫なの?」

 しかし、霖之助にとって“大丈夫なの?”は金銭的心配だと思われ、太鼓判を押しながら説明をする。

「失礼な。これは僕からのおごりだよ。それにどうせクビになるんだ、最後にこうゆうことしても分からないさ」

 霖之助の言葉に2人は凍りついた。そして立ち上がって同時に叫ぶ。

「クビィ!?」

 静かに!と霖之助から注意されて2人は座りなおして小声で話す。

「やっぱり…さっきのが原因?」
「いや、こうゆうこと結構あってね。断ってるんだけどたびたび来る女性が多くて…」

 霖之助は頭を掻きながら首を傾げるが、なぜそうなってしまうのかは分かっていないようだ。
 つまりは、うまく喋れないだけなのだが、硬派な態度だと思われ、それを気に入った客がいれば、うまく断れないだけなのが、諦めきれない客もいて、そんな態度をとっているものだから霖之助は女性に付きまとわれていたのだろう。
 そのような解析が容易に出来て2人は呆気に取られてしまった。

「…呆れた…」
「霖之助モテモテー…」

 そして、ホッとしたのか蓮子とメリーは談笑しようとするところに、そっぽを向いた霖之助が呟いた。

「まぁ…僕もあのまま黙っていたわけじゃないさ」

 蓮子とメリーは見合わせていた視線を霖之助に移し、驚きの表情で霖之助を見上げる。

「え…」
「それって…」

 2人を軽視した女性に怒りを感じたということだろうか。
 さらにメリーがコーヒーをかけなくとも霖之助が何かしていたというのだろうか。
 その答えを霖之助は言わなかった。

「今日の夕飯は冷しゃぶ、忘れないでおくれよ?」
「え、えぇ」
「わかったー…」

 今のが白昼夢だったのではないかと錯覚しながら、奥に戻っていく霖之助が見えなくなるまで2人は呆けていた。
 そして、目を合わせた2人は笑い始めた。
 周りからは異質に思われながら、二人は大笑いをして、霖之助の『うるさいぞ』という意味のこもった咳払いで小声になりながらやはり笑っていた。

 霖之助がおいしいと言った料理はなんだったか。

 2人が同時に言い出すのはこれから3秒後のことである。

 


***おまけ***

~数日後~

 夕方。
 居間では求人誌がばら撒かれていた。
 蓮子は青いペン。メリーは赤いペンを持ちながらめぼしいバイト先に丸を付けていく。

「私たちのせいとは言わないけど、結果的にクビになっちゃったからね…」
「責任…取らないと…」

『僕が職無しになってしまったのはメリーたちのせいではない』

 それは霖之助が職無しになってしまってからというもの、責任を感じていた2人に口酸っぱく言ってきた言葉だった。
 霖之助も前々からあの店のウェイターに合っていないことが分かっていたと説明しているし、ここで解雇されて正解だったと笑いながら言うときもあった。
 しかし、少女2人は責任を感じていた。
 霖之助が外出している今、思う存分求人誌を広げ、めぼしいところを探している最中なのだ。

「とりあえずもう一目につく場所で働かせるのはやめましょう」
「そうだねー。そうなると…何があるかな。スーパーの裏方?」
「厨房に入る職種はどう?」
「ああ、大丈夫かな?でも」

 2人はスーパー味丸と書いたエプロンをしている霖之助や、コックコートを着て仕事をしている様子を頭に描く。
 そして言えることは一つ。

「…地味」
「なんだよねー」

 少女たちは未だビジュアルで選ぶ節があるようで、求人誌に丸は書くものの、一押しできる職種がないのが現状だった。
 電気も付けずに作業をしていたものだから、部屋いっぱいオレンジ色になっても2人は悩み続けていた。
 そして、最終的に決まらず当の本人が帰ってきてしまったのだ。

「ただいま」
「霖之助!お帰り!私たち考えたんだけど…」

 玄関で靴を脱ぐ霖之助にどたどたと近づいた二人は霖之助の異変に気が付いた。

「ああ!よかった二人ともいて」

 妙にニコニコしているのである。
 何か2人に言いたいことがあるようだが、玄関で立ち往生しているせいかその“何か”を言おうとはしない。
 未だニコニコしている霖之助はついに気が狂ったのかと思ったが、蓮子が疑問を投げつける。

「…なにかいいことでもあったの?」
「新しいバイト先が決まったんだ!」

 2人は嬉々として喋る霖之助に驚くのに数秒の間をとられてしまった。

「………えぇぇ?!!」

「どうやって?!」
「この間の履歴書をそっくりそのまま書いて、それでめぼしいところに電話して…」

 霖之助のそれはHOW(どうやって)であってWHERE(どこ)ではない。
 頭を抱えたメリーは霖之助に聞く。

「質問を変えるわ。どこ?」
「本屋だけど…路地裏の古い本屋。いけなかったかい?」

 よほど気分がいいのだろう、首をかしげて答える態度に少々可愛く見えたメリーは自分に悔しさを覚えた。
 そんなことよりも本屋。しかも路地裏というと…

「あの今にもつぶれそうな本屋?!あそこバイト募集してたの?!」
「してたみたいだね」

 確かに本屋は眼中になかった…と思いながら、反対したいと思う反面。霖之助が一人で掴み取ったアルバイトなのだ。
 とりあえず選んだ職種を褒めてみる。

「とても…のんびりできそうね」
「まぁ給金目当てじゃないからね。やはり本に囲まれた生活も捨てがたいし。そもそも僕にとって本は~…」

 疲れたのだろう、んーっと伸びをしてやはり嬉々として本の偉大さを説明し始めたあたり、少女2人は肩を落として呟いた。

「私たちが気にしてたのって一体…」