《秋の天気雨の日》



 秋にしては寒々しい昼下がり。
 空にはどんよりとした雲が流れ、風は一足速い冬の匂いを漂わせていた。

 体調不良で大学を休んだ蓮子は、腹部を押さえながら先ほどから同じことしか口にしない。

「あー…お腹痛い…」

 傍に居る霖之助も、ただただ心配そうにするだけである。
 正直いい加減にして欲しいとも思ってしまうが、声をかけずにはいられないほどの痛がりようだったのだ。
 34回目の気遣いの言葉を出す。

「大丈夫かい?…その…温かいお茶でも淹れようか」
「んー…」

 否定とも肯定とも取れない返事に困惑するも、一応用意する。
 「お腹痛い」そう言われては「大丈夫?」としかいえない。
 当たり前だ。人の痛みとは分かるわけがないのだから。それが女性特有の痛みであるならなおさら霖之助には理解できない。

 幻想郷ではそこまで話題にならなかったことのために、男性である霖之助にはいまいち生理というものが理解できなかった。

「痛みを代わることはできないけれど……そんなに痛いものなのか?」

 霖之助のふとした疑問は、蓮子の逆鱗に触れた。

「霖之助!!!あのね!男にこの痛みは一生わかんないだろうけど相当痛いんだからね!あえて言うなら内蔵の中に悪魔が宿ってドアを蹴破るような丸太で内側からの攻撃を受けているのと同じなの!!分かる?!」

 霖之助は紅い悪魔と名高い姉妹が丸太を持って暴れている様子を想像した。

「更に言えばお腹が痛くなるときもあれば腰や頭が痛くなるし、はたまたなんっにも、どっこも痛くないときもあったり大変なわけ!かといえば心情が不安定だったり!怒ったり泣いちゃったり女の子はすごく大変!あー!大変!!」

 一気に言ったのが悪かったのか、蓮子は「うっ」と言って、腹部を押さえたと思えば、顔を青くして机に突っ伏す。
 あまりの気迫に声も出せなかった霖之助だったが、軽薄なことを言ったことが申しわけなく、謝ろうと口を開きかけたときだった。

「そうそう…。ここ最近のテレビCMで女性用ナプキンがよく目撃されているじゃない? これは時代の流れのせいだと思うんだ。以前ならば生理なんてものは秘密の花園と呼んでも過言ではないくらい女性同士が伝え合い、秘密裏に言い伝えられてきた女性の文化なのに、今や女性の社会進出のために前へ前へと押し上げられているんだよ」
「は、はぁ…」

 どうやら外の世界では女性の文化が進んでいるらしい。と言うことを理解するときには、蓮子はこぶしを振り上げて震えていた。

「……だがしかぁし!社会は未だ男尊女卑の風が吹いている!なぜ?!男が妊娠できないからなんだ!生理が来ないでなんだ!しゃらくせいっ!生理は病気じゃありません?!本人はすっごく痛いんだからね!!分かってんの?!霖之助?!」
「あ、ああ……」

 なぜ霖之助にそんなことを言うのかが分からなかったが今は口答えする勇気も出ない。
 話を聞くだけで蓮子の気分が晴れるならいくらでも聞いてやろうと思っていたのに、一気に言い放った蓮子は力尽きて、俯いたまま動かなくなってしまった。
 体調が悪いなら横になっていたらいいだろうに。と思ったことは内緒だが、さすがに反応のない蓮子を心配した霖之助は声をかけようとした。

 しかし、蓮子はむくりと顔を上げて口を開く。

「…私思うの。昔は科学的捜査が困難だったから様々な難解事件があったけど、今は進んだ科学が犯罪を解決へ導いているわ。このままいけば、将来はもっと犯罪が抑えられるはずよ。なら…逆に考えてみて?将来完全犯罪が科学の力でなくなるのであれば、完全犯罪を犯すなら今しかないのよ…ねぇ?霖之助…海がいい?山がいい?」

 光の映らない濁った目が見えた。
 殺気までも感じられるその目に霖之助は恐怖を感じずにはおえない。

「遠慮するよ」

 否定したが最後、蓮子は虎や龍にも並ぶ気迫で霖之助を脅しつけた。

「じゃあ!アンパン買ってきて!今すぐに!」
「わかった!わかったから!」

 脅迫とも取れる様子に、霖之助の拒否権はなかった。


* * *


 コポコポときゅうすから日本茶が注がれる。注がれたお茶からは白い湯気が立ち、飲むには少々熱すぎるように見える。
 しかし、体を温めたいと思っていた蓮子には丁度良かった。
 「熱いから気をつけたほうがいい」と一言付け加え、半分に割れたアンパンの横に置く。
 アンパンは、今々商店街のパン屋から買ってきたものである。
 蓮子は湯のみにフーフーと息を吹きかけて、ゆっくりとお茶を飲む。

「あーやっぱり霖之助の淹れたお茶はいい味だね」
「そうかい」

 ほーっと息を吐く蓮子に霖之助はそっけなく答えた。
 霖之助がパン屋から帰ってきたときにはすでに機嫌は直っており、さきほどの行動を詫びるように、買ってきたアンパンの半分を霖之助にあげたのだ。
 そっけない霖之助の態度に慌てた蓮子は、取って付けたような褒め言葉を言う。

「えっとぉ…なんか年季入ってる感じですっごくおいしいよ!」
「…それは褒めているのかい?」
「もちろん!」

 霖之助は軽く息を吐くと

「さっきまでプリプリ怒っていたのに…」

 と呟いた。

「何か言った?」
「何も」

 ふと窓の外を見れば、先ほどまで曇っていた空は一変して、秋晴れの空が広がっていた。
 今の蓮子の様子を反映しているようでフッと笑みがこぼれる。
 こぼれると同時に、女心と秋の空とはこういうことなのかもしれないと霖之助は切に思った。


 そして一ヵ月後。

「…私、トランクスがズボンの中でどうなっているか知りたいわ」
「な…なにを…」
「脱がされたくなければ商店街のクリームコロッケを買ってきて。今すぐ!」

 なんてことがあったりなかったり…。