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《冬のある日》

 

「うひゃぁ寒かったぁ」
「おかえり蓮子」

 室内に入るやいなやコートの脱いだ少女は、答えてくれる声に、満足そうに微笑んだ。
 そこには、ジーパンにタートルネックのセーターを着て窓にもたれて本を読む青年がいた。

「ふふっただいま霖之助。…んー?また読書?ダメだよーただでさえコンピュータ苦手なのに」
「…すまないどうも…気が乗らなくて」

 そのお言葉に、ばつが悪いのか目をそらした霖之助に、蓮子はパソコンの前まで背中を押してやった。

「苦手克服のためパソコンの前にすーわーるー!」
「うう…」

 うなっていると、天の助けか、悪魔の手先か、そんな存在の彼女が帰ってきた。

「ただいま」
「あっおかえりメリー」
「おかえり。ゆか…マエリベリー」

 霖之助は名前を言い間違えそうになったのを悪いと思ったのか、メリーと呼ばれた少女から目を背けた。

「ただいま蓮子、霖之助」

 そのことを勘付いているのか、そうでないのかは分からないが、そんな彼ににこりと笑い、買い物袋を蓮子に渡す。

「今日の夕飯はシチューだったわよね」
「うんそう!じゃ!早速とりかからせてもらうねー。ごめんねメリー、買い物させて。実際講義早く終わっちゃったんだよね」
「いいのよ」
「蓮子はさっき帰ってきたばかりじゃないか、今夜は僕が作ろうか?」
「ダメよー霖之助。それはパソコンから離れたい言い訳にしか聞こえないな」
「ぐっ…」

 魂胆は見え見えのようだ。

「そんなにも手伝いたいなら、パソコンのメモ帳に“あ”から“ん”までローマ字入力してから来てね」
「…わかった」

 霖之助はパソコンの電源を押して、パソコンの起動を待った。
 待っている間、メリーと呼ばれた少女は霖之助に近づきて耳元でささやく。

「かなり蓮子に敷かれていますね」
「君と彼女の家でそんな大きな顔はできないよ」
「ふーん…あと、何度も言うけどここではメリーなんだから、もう間違えないでちょうだい」
「…」

 ここは、蓮子とメリーがルームシェアしている部屋だ。ルームシェアと行っても、彼女二人ともずっと一緒ではない。特にメリーのほうはよく”実家”に戻っていることも多い。
 霖之助は二つある部屋うちの一つを借りて、生活している。大学生ではない。働いてもいない。なぜなら幻想郷からの異人だからだ。

 もちろん、蓮子は知らない。
 霖之助は紫に頭を下げ、何度も懇願し、時には勝負をし、やっと許可された外の世界への留学だった。
 思った以上に外の世界は近代的で、自分がどれだけ古風な考え方をしていることに気づく反面、外の世界の殺伐とした世俗に落胆した。
 紫は、この時点で霖之助が帰りたいと言い出すだろうと思っていたが、彼自身は違っていた。

『短い期間でいい。僕を外の世界で修行させてくれないか』

 そういったのはもういつのことだったか。
 春の暖かいときだったか、月の綺麗な晩だったか。
 紫はしみじみと思い出しながら、居候の霖之助を茶化す。

「蓮子のシチューができるのはあと何分後でしょうか」

 “あ”~“ん”までのローマ字入力にかかる時間は30分。
 これは最短記録である。

 霖之助はコンピュータに弱いことが判明した。
 コンピュータは言うことを何でも聞く式だと思っていたのだが、実際に機械仕掛けの式を動かすには主自身が命令を入力しなくてはいけないことを霖之助はこの世界に来て初めて知った。
 その命令をプログラミングというのだが、霖之助は未だこの式の構造、用途を理解していなかった。否、理解はしているが認めたくないのだろう。
 そのせいかパソコンを触ることすら億劫になってきたのも事実。
 現段階ではローマ字を打つことすら危ういくらいだ。

 台所から蓮子の鼻歌が霖之助の耳に入った。
 蓮子は急ぐ様子もなくマイペースにシチューを作っている。
 仮にローマ字入力が終わったとしても、シチューの手伝いはどこまでできるのか。
 だからやりたくなかったんだが…そんな独り言が聞こえたのかは知らないが、紫、もといメリーは霖之助にも聞こえないような声で呟いた。

「ヒモな霖之助はどこまで頑張れるのかしら?」

 その後、「できた!」と、子供のようにはしゃぐ霖之助をよそに、メリーと蓮子はシチューに舌鼓していたという。