《カテキョ!》


「というわけで家庭教師をしにきた森近霖之助だ」

 霖之助とレミリアは紅魔館の地下室。ある種監獄にも近い部屋に居た。
 そこの住人。レミリアの妹は珍しい客人に目を丸くし、霖之助を凝視する。
 指で数える程度しか見たことのなかった人間…、いや世にも珍しい半妖が、自分に何用か。
 レミリアの妹、フランドール・スカーレットには“どうゆうわけ”でこのような状況になっているのかを理解する前に、目の前の半妖に興味が湧いてしょうがない。
「…かていきょうし? なに? 遊んでくれるの?」

 霖之助は顎に手を添えながら考え、横に立っていたレミリアに問う。

「遊ぶ…。まずは遊びから学んでいくもの…なのかい?」
「そこは貴方に任せるわ」

 レミリアはさして興味は無い様子である。
 その態度に眉をひそめたが、その邪推な思いは無邪気な少女の声によってかき消された。

「ねぇお姉様? なぁに? この…えっと人間?妖怪?」
「フラン、この半人間は壊しちゃいけないおもちゃよ?」
「ええ?!遊んじゃだめなの?」
「この半人間から学んだら遊べるわ。しかも外でね?」
「本当?!」
「ええ、約束するわ」

 レミリアは姉らしく、静かに、穏やかに妹に説く。
 しかし、すぐ横で聞いている霖之助にとっては穏やかな内容ではない。

「…なんだか、ものすごく聞き捨てならない言葉がいくつもあって…どこから突っ込んでいいか分からないんだが…」

 そんな霖之助の不安を、カリスマ溢れるスカーレット姉妹が聞いているわけが無い。
 思い出したようにレミリアは口を開いた。

「あ、そうそうフラン。この半人間を壊したらその時点で外に出れる機会が遠退くわ。覚えておいて」
「わかった!」
「これは、魔理沙と霊夢からのお願いだからちゃんと守るのよ?」
「魔理沙から?! わかった絶対守るわ!」

 無邪気な少女は、姉の言うことを素直に聞き入れ元気に返事をする。
 その姿に安心したのか、ふぅ。と小さく息を吐くと、霖之助を真っ直ぐ見上げながら言った。

「じゃあ、妹のこと頼むわ」
「ああ、善処しよう」

 霖之助は、姉の顔つきのレミリアを安心させるように力強く答えた。





 歪な音を立てながら扉がしまり、その部屋には霖之助とフランしかいなくなった。
 機嫌がいいのかフランの宝石をちりばめたような翼が揺れる。
 レミリアが見えなくなるまで扉に手を振っていたフランは、扉の閉まる音が鳴り止んだ途端クルリと霖之助の方を向いた。

「ねぇねぇ何して遊ぶ?」
「フランドール、僕は遊びに来たわけじゃない。君に一般教養を教えに来たんだよ」

 早速の脱線に、ずれた眼鏡を中指で上げる。一方フランはその言葉に驚いた。

「え? だから遊ぶんでしょ?」
「なんで一般教養が遊びに繋がるんだ…いいかい?そもそも一般教養というものは、パンキョとも言われてだね…。あ、そうか、その前に君が一般教養を学ぶために知っておかなければいけないことがあるね。まぁ座って。コホン。幻想郷に住むに当たり、色々とルールがあることは確かである。スペルカードルールもしかり、妖怪が人間を食らうことも最近は禁止されている。いや、コレを定めたのは博麗の巫女であったり、幻想郷の賢者であったりするんだが…。まぁとにかくこれらは常識なんだ。特にフランドール・スカーレット、君にいたっては495年の軟禁状態で育ったために社会的ルールが欠けている。人間を玩具にするなど、今後幻想郷の人間を亡き者にすると言っているに等しい。そこで呼ばれたのが僕だったりするのだが、まぁ今はこの話は関係ないので置いておこう。つまり、外で遊びたいというのであれば、幻想郷の約束事を覚えてもらわなければいけないものなんだよ。妖怪としての知識と技能をまず覚えなければ幻想郷ではやっていけないのさ。おっと、これはさっきも言ったね。他にも、一般教養では生活の中で直接役に立つという即時的なものだけではなく、精神を深め豊かにするという役目もある。そもそも一般教養の起源は古代ギリシャにまで遡り………ウンヌンカンヌンモチャモチャチクチク


*数分後*


「…貴方の話つまんない」
「ぐ…僕からしてみたらここからが面白くなってくるんだが…」

 先ほどの機嫌のよさそうな顔は何処へやら。ひどくつまらなそうにフランは両肘を机に立て、そしてそこに自分の顎を乗せている。
 話がノッてきたときに話しかけられたために霖之助自身は少しつまらなかった。
 話が終わったものと解釈したフランは、座りすぎて少し痛む尻をスカート越しに叩く。

 このとき霖之助はその場の空気が変わったのが分かった。
 フラン自身は笑っているのだが、殺気が漂っているのだ。
 あえて言うのであれば、霖之助の薀蓄のターンから、フランのターンになったと言えるか。
 コインを入れたのは霖之助であってゲームのようなターンエンドが来てしまったともいえる。
 結果、恐れていた事態になってしまったのだ。

「ねぇ弾幕ごっこしようよ。そっちの方が貴方も楽しくなるわ」
「僕は弾幕ごっこが出来ないんだ。諦めてくれ」

 血の気が引いていくのが自分でも分かる。
 1歩、2歩と下がる霖之助に、フランは言い放った。

「じゃあ避けるだけでいいわ」
「!!!」

 紅魔館が地下から揺れたことを、妖精メイドは感じたという。





 霖之助は享年60年か、120年か。
 エンドロールのように霖之助の思い出が流れる…。かに見えた。

「あはははは!」
「おそらく!魔理沙や!霊夢と!弾幕ごっこを!した!なら!分かるだろうが!あの!二人のよ、うに!丈夫な!人間も!いれば!僕のように!非力な!にんげっ!いや、妖怪も!いるわけで!君には!その分別も!わかって…!」

 驚くことに霖之助は未だ存命していた。
 右へ左へ細かに避け、時に大きく移動して弾幕をギリギリの位置で避けている。
 しかし、体は擦り傷だらけ。慣れない弾幕ごっこを必死に避け続けるには霖之助の体力ももう限界に近かった。ちなみに、霖之助のエクスクラメーションマークは弾幕を必死に避けていることを指す。
 そして、赤・青・薄紅色の弾幕が左右上下から現れ、美しい光となって霖之助の周囲に集まってきた。
 
 逃げ切れなくなった霖之助は悲鳴を上げ、ピチュンっと音を立ててその場に倒れこんだのは言うまでもない…。


* * *


「これでも手加減したってばー。ほんとにー」

 割れた眼鏡に中指を当てながら、仏頂面の霖之助はフランに話しかけようともしない。
 あれから動かなくなった霖之助に気付いたフランは、つまらなさそうに霖之助に弾幕を放つのをやめた。そのおかげで今霖之助が生きているのだが、ただ霖之助が怒っているのはフランの態度にある。

「…だからぁ謝ってるじゃない。ごめんてばー」

 そっぽを向いたままの霖之助とそれほど遊びたいのか、フランは自分のしたことをまるで反省していない。
 適当に謝り、そして事なきを得ようとしている。
 子供思考なフランにはそれでしょうがないのだが、ここでは一応教師として教えることが霖之助にはある。

「…それは謝っているとは言わないよ」
「じゃあ謝るってどうゆうのなの?」

 やっと話かけてくれたことが嬉しいのか、些細なことにも話に乗ってきてた。
 家庭教師としてここで教えること、それは『謝る』ということ。
 そこで霖之助は思いついた。ただ礼をして謝るよりも、人間方式の謝る方法を教えてやろうかと。
 幸い今2人は床に座っている。霖之助は三角座りをしているのを正座に直し、指を三本揃わせ、そして頭を床に近づけた。

「こう…頭を下げて…」
「あははは!頭下げてる!変なのー!」

 そもそも洋式思考のお嬢様に和式の土下座を教えることが間違っていた。
 そんな反省をしながら、頭を上げようとしたのだが。

パンパンッ

「うっ」
「あははははっ!」

 まるで太鼓のような自分の頭に頭を調子よく叩く。
 フランにはこれが遊びに思えてしょうがないのかもしれない。
 苛立つ心を静めようとするのだが、フランの笑い声と、叩く手は止まらない。

「あははっ!本当に変な体勢ー!」

 ……霖之助の中で何かが切れた音がしたような、しなかったような。

「フランドール…。これだけは…使いたくなかったが…」

 我が身が生死の危険と感じたときに最後の手段。
 懐から出した針は、フランが見たことのあるものだった。

「なんで貴方が封魔針持ってるのっ?!」
「ああ、よく知ってるね。ご存知霊夢の武器さ、でもこれは僕が作ったなんてことまでは知らないね」

 霖之助は説明もそこそこに精一杯力を込めて封魔針をフランに投げつけた。
 突然のことで驚いたフランは急いで弾幕を散りばめるが、封魔針がまるでその弾幕を吸い取るようにフランの弾幕をかき消してしまう。
 そしてレーザー状の針は、真っ直ぐにフランへ飛びかかっていく。
 フランのスカートを通して壁にはり付けされる。必死に刺さった針を抜こうとするが、まるで縫いつけられたかのように動かない。
 むしろ針に触るとピリリと痺れるような感覚が指を襲う。しまいには自分の力が思うように出ないことが分かると、フランは背筋が凍ったのが分かった。

「っ?!」

 以前巫女と戦ったときはこんなにも力が強くなかった。たった一発でこれほどの魔力を感じることはなかったのだ。
 どういうことかと正面の霖之助に視線を移すと、霖之助はいたって普通に立っているだけであった。
 フランが動かなくなったことが分かると、本棚の前まで移動し、呑気に本を物色し始めたのだ。

「ちょっと!これってどうゆうこと?!」
「ああ、霊夢の封魔針よりも強化しているよ。僕はあんまり戦えないからね。これくらいはしてもいいだろう」

 パラパラと本をめくる音が妬ましく思え、ムカムカと怒りばかり募る。

「こんなことしてお姉様が黙ってないんだから!」
「ちゃんと許可は取ってるよ」
「なんですって…?!」

 姉が自分に傷をつけても良いと言ったことが悲しいような、切ないような、絶望に近い思いが巡り、目じりが熱くなったのを感じながら、手足をバタつかせて騒ぐ。

「あーん! 放してよー!!」

 その様子に、霖之助はため息を吐きながら本を閉じ、フランの目の前に立った。

「なんて言うか分かってるね?」
「ぶぅ。 …ごめんなさい…」

 口を尖らせて言った言葉は、謝るにしては酷く投げやりである。
 しかし、先ほどの適当に言い放っていた「ごめんてばー」よりも反省している様子が見受けられる。
 その謝り方がおかしくて、笑いそうになるのを霖之助は必死に堪える。そのかわり、緩む頬を見せながら

「よく出来ました」

 と言った。

 そして、スカートに刺さった封魔針を慎重に抜くと、フランの頭をポンと軽く叩いた。
 これでお互い様だ。そう言った霖之助を不思議そうに見上げ、恐る恐る尋ねる。

「…許してくれるの?」
「なんで許さないんだい?君はちゃんと謝ったじゃないか」
「だって私…貴方が謝っている姿見て笑ったのに…」

 だんだん声の小さくなる様を見ながら、霖之助は微笑んだ。

「フランドール、一般教養というのはこうゆうことさ」
「…え?」
「今日は謝る方法を知って、尚且つ人の気持ちを知ろうとした。よく出来たじゃないか」
「…どうゆうこと?」

 未だワケの分からないという目で霖之助を見つめるのだが、そのときに扉から迎えのノックが聞こえたのだ。
 家庭教師としての時間は一日一刻(約2時間)。そう紅魔館の主と決めたこと。
 律儀に守らなくてもいいのだが、次の楽しみとして置いておいても一つの案と霖之助は考えた。

「その答えはまた今度だ」
「もう帰っちゃうの?」

 扉に向かって歩き出した霖之助に、名残惜しそうな視線を送る。
 安心させるように先ほどと同じようにポンと頭を軽く叩いた。

「また来るよ」
「…うん」

 自分の頭を2度も叩くとは、過去何人いただろう。そんなことを思っていると、目の前にいたはずの霖之助は既に扉のすぐ前に立っていた。

「あ…! …また、ね?」
「ああ」

 軽く手を振る霖之助の行動がうつったのか、姉を見送ったように手を振ることが出来なかった。
 それはどうしてなのか。頬に熱を持つ今のフランには理解することが出来なかった。





*おまけ*


<その頃のレミリアさんと咲夜さん。>

「大丈夫でしょうか」

 白いテーブルクロスに同じく白いティーカップに注がれた紅茶を、メイドである咲夜が優雅に音もなく置く。
 その代わり、控えめに声をかける。
 心配そうに眉を下げるその心中は、主の妹の家庭教師として雇われた香霖堂店主を思ってのことだろう。
 ティーカップの擦れる音を小さくたてながら、主のレミリアは紅茶を一口飲み込んだ。

「まぁ…どうとでもなるでしょ。ちょっとくらいなら乱暴なことしていいって店主には言っておいたし」
「妹様にですか?! 無理なのでは…?」
「もちろん、服に穴を開ける程度だと言っておいたわ」

――それもできないのでは…?

 そんなツッコミしたいのだが、メイドの咲夜は心の底で思うことしか出来ない。

「しかし…いいんですか? 弾幕も出せない店主さんを家庭教師になんて」
「フランは魔理沙のことが大好きだし、その魔理沙と面識がある店主ならば、ある程度は手加減すると思うの。まあ伊達に半妖じゃないし、ただの人間に比べれば丈夫なんじゃない?」
「素直に上白沢にカテキョを断られたと言えば…」
「何か言った?咲夜」
「…いいえ」

 紅茶は未だティーカップいっぱいにある。そのため咲夜が注ぐことはできない。
 お茶菓子のクッキーに手もつけず、ただ自分の長い爪を見つめる。
 そしてポツリと呟いた。

「…ある程度力を持っていたらフランはその力に頼ってまた弾幕勝負とかしちゃうわ。この場合全く力を持たない、かつ丈夫な人材が店主だった。ただそれだけよ」

 霖之助を家庭教師にした理由が、ちゃんとフランドールを思ってのこととは咲夜は感銘を受けた。

「お嬢様がそこまでお考えとは…!」
「なによ。咲夜ったら私が考えなしだと言いたいの?!」
「まさかまさか!霊夢の想い人かもしれない店主をここで亡き者としようと思っていることも承知の上です」

 以前からレミリアが博麗の巫女・霊夢がお気に入りの人間と言うのは、咲夜でも分かっていたこと。
 軽い冗談として言った言葉は、レミリアの頬を紅く染めるのに十分だった。

「なっ!なんで知ってるの?!私そこまで咲夜に言ってないわよね?!」
「ほ…本気だったんですか…」