《カテキョ!-2-》
「やぁ」
歪な音をたてながら開いた扉には、香霖堂店主兼フランドール・スカーレットの家庭教師である森近霖之助が立っていた。
ちなみに何事もないように挨拶を霖之助はしているが、実はこの家庭教師としてくるのは数日、否、数週間ぶりだったりする。
「本当に不定期なのね。…なにその頭?」
「気にしないでくれ」
フランはまず霖之助の頭にでかでかと膨らむタンコブに目がいったが、本人が気にするなと言うのなら気にしないことにする。
それよりもフランには許せないことがある。
フラン自身、姉やメイドから不定期の家庭教師として雇ったとは聞いていたが、あまりにも間が開きすぎた。
先日の大人しい態度はどこへやら。フランは頬を膨らませて「とっても待ったわ」と言った。
当の霖之助はすまなさそうに頭を下げるかと思っていたが、何ら気にしていない様子で持ってきた荷物を床に置いている。
「僕は家庭教師を生業にしているんじゃない。店を本業としているんだ」
館外のことを聞くことは嫌いではない。
先ほどの不機嫌な態度から、コロッと目を輝かせて霖之助の話を催促する。
「え? どんな店? イカガワシイ店ってやつ?!」
「君はそんな知識どこで入手するんだ…。古道具屋だよ」
「なんだか聞くからに古ぼけているわね」
「それは“古い”という言葉から連想しただけだろう? 僕の店はそんな古色蒼然として店じゃ……」
古色蒼然。長い年月を経て、いかにも古びて見えるさま。
フランや霖之助などの妖怪にとって香霖堂は商い始めてまだ若い、早い、子供、むしろ赤子とも思われる年月しか経っていない。だが店自体は古い。
古色蒼然は悪く言えば『古臭い』だが、よく言えば『歴史深い』。霖之助自身、香霖堂は後者と豪語するが、それは霖之助の認識であって他者から見たら異なってみえることもあるだろう。目の前の少女がどう思うかは、霖之助は判断できない。
そんな様々な考えを巡らせていたために、変な間が出来てしまった。
フランは不思議そうに首を傾げ、霖之助の返答を待っていた。
「店じゃ?」
「それは君自身が判断すべきことだ」
物は考えようである。もし古臭いと笑われようが、それはフランが館から出て、そして客として香霖堂に来店してできることなのだ。少々含みを加えて喋っているために自分が隠し事をしてるとも思われない。霖之助の不敵な笑みとともに出た言葉に、意外にもフランが肩を萎めた。
「それもそうね。…でも、出れるかしら…」
それは霖之助の教え方では一生外に出れるように自分は改心しないと言いたいのか、それとも霖之助がいてもいなくても自分は外に出て行く資格などないと言っているのか。
悲しい思考しか出来ない言い方は、フランらしくない。
おそらく先日の姉が言っただろう霖之助の攻撃許可や、霖之助の間の開きすぎた訪問も関係しているのだろう。
次はもう少し頻繁に来なければ。そう決意するようにフランの頭に自分の手を置いた。
「そんな僕の教育方法を否定するようなことを言わないでくれ」
「ゎわっ…!」
勢い余って帽子が落ちそうになる。
せっかくセットした髪の毛が崩れちゃうじゃない。そう頬を膨らませるが、帽子から覗いた霖之助の顔が笑っていたので許してあげることにした。
「今日の授業を始めるよ」
「ん」
短く返事をするも、前回の記憶がよみがえり、顔を歪めた。
「………今日もつまらない話?」
「ありがたい話と言ってくれ。 …まぁ君は快活な性格をしているから、そろそろ僕の話を聞くだけでは物足りないと思って、今日は“ごっこ遊び”について学んでいこうと思う」
「え?! 弾幕ごっこするの?!」
“ごっこ”という言葉だけでフランは花が咲いたように喜んだ。しかし、霖之助にとっては前回の記憶がよみがえり顔を歪める。
「何回も言うが僕は弾幕ごっこでき…」
「避けるだけでも…!」
「だーかーらー!!」
スペルカードを数枚取り出した時点で、呆れた霖之助は、今日持ってきた荷物の中から白と黒の衣装を着た人形を取り出しフランに突き出した。
突然のことに目を丸くし、人形を凝視する。その人形が大好きな人間にそっくりなことから、フランは人形を乱暴に奪って力強く抱きしめる。
「わぁ!魔理沙だぁ!」
「友人に頼んで作ってもらったんだ」
「へぇ!わぁ!わぁ!!」
弾幕ごっこから話がそれたことにホッと胸を撫で下ろす。フランにいたっては人形を横から見たり、撫でてみたり、スカートをめくってみたり興味津々である。
「今日はそれで“ままごと”をやろうと思う」
「“ままごと”?」
「本来、“ままごと”とは“飯事”とも言われ、幼児の遊びの一種だね。おままごとともいう。
分類上はごっこ遊びの一種と考えられ、参加する人を、お父さん、お母さん、赤ちゃん、ペットなど家族に見立てた役を振り分けて、家庭での食事や炊事等を模倣する遊びなんだ。
主に女の子の遊びとされているね。
そもそもままごとの「まま」は、英語の「mama(母)」ではなく食事を意味する「飯(まま)」からきているんだが――…」
饒舌を振るう霖之助であったが、フランの興味は人形魔理沙にしかいかない。
フランは2回目にして霖之助の扱い方を習得したともいえよう。
聞いていないことが分かったのか、霖之助は大きく咳払いをし、簡単に今日やるべきこと言うことにした。
「…とにかく、2人だけでままごとをするには侘しいと思ってね。持ってきたんだが…」
ブチン
と、何かが切れたような音がした。
恐る恐る音のするようへと視線を移すと、そこには腕の切れた人形魔理沙が転がっていた。
「魔理沙壊れた」
腕だけが無残に床に転がっている様は、なんともシュールな光景である。
しかし、フランはなんとも思っていないように片腕のもげた人形魔理沙にキスをした。
「……フランドール。こうゆうとき言うことは?」
「?」
霖之助が言っていることが分からないのか、フランは首を傾げる。
霖之助が無言で人形魔理沙に指を差し、やっと人形のことと理解したフランであったが、やはり霖之助の問いが分からず思ったことを言うことにした。
「もっと丈夫に作れ?」
「ちーがーうー…」
フランの答えにがっくりと肩を落とす。先日教えたことはあまりためになっていなかったのか。少々残念に思いながらもう一度教える。
「持ってきた僕にはもちろん、これを作った人物にも謝るんだ」
「…ごめんなさい……?」
「クエスチョンマークは付けない」
謝るということは、例えばケンカをした友人に言わなくてはいけないことだし、何かの反省の際に必要な言葉である。クエスチョンマークなど付いていては反省の色もすまないと思う気持ちも通じないというものである。
もう一回。と言う霖之助に、フランはまだ“謝る”ということが理解できていないようだ。
「でも作った人は見てないじゃない。その人に謝る必要ないわ」
つまり、見ていないのであれば謝罪の必要は無い。そうフランは言いたいようだ。
ならば、分かるまで説明するまでである。
「……分かった。ならばフランドールは食事を食べる前になんて言う?」
「えっと『いただきます』!」
霖之助は紙に達筆な字で『頂』という漢字を書いた。フランが漢字を理解しているとは思っていないが、教師にとっての黒板代わりと考えていいだろう。
「『いただきます』は『頂きます』と書くんだ。誰に頂きますと言うと思う?」
「えー? 考えたことないよ」
「食事を作った人はもちろん、食材を作った人、食材そのものに言うのさ」
「えぇ? 何言っているの? もう死んだものなのよ? 言う必要ないじゃない」
何を馬鹿げたことを言っているの? そう付け加えせせら笑う。
ここが今回の教養になるだろう。
霖之助はそれを察すると、先ほどのように自分ばかり喋らないよう慎重にゆっくりと言葉を選ぶ。
「それは自分の種族さえも否定しているよ」
「なんでぇ?」
「吸血鬼、君たちは悪魔と名乗るが…そもそも他の命を『頂く』じゃないか」
「…そっかぁ」
「他の命を奪ってからこその自分の命ということさ」
霖之助の言葉に、やはり理解できないのかフランは眉をひそめる。
弱肉強食の世界で生きる妖怪・吸血鬼はそんなことを思っていては人間から血を奪うことはできないのだ。
「でも…それは弱い者の言い訳よ。奪われる方が悪いのよ」
「そうともとれるね。特に君の種族は崇高だから。でも、だからこそさ」
だからこそ何?崇高だからこそ奪う側にいるのだ。そんな弱者のことなど構ってはいられない。
そんな目で霖之助を見つめるフランに対し、霖之助は壊れた人形魔理沙の腕と本体を拾い集めた。
「奪った命は自分の血、骨、肉や力の素になる。これを感謝しなくてどうするんだ」
「感謝…」
自分の胸に手を当てるフランだったが、まだ理解には繋がっていないようだ。
霖之助自身少し教えるには早い上に、難しい問題だったのだと納得させ、本来する予定だったままごとをするために人形を直すことにした。
「話が大きく反れてしまった。 …まぁこのくらいなら僕が治せる。この人形は君のものだ、気に入ったのなら壊さないように大切に扱うようにしないとね」
「これくれるの?」
霖之助は慣れた手つきで人形の腕を縫い合わせていく。
縫い付けた場所から綿が出ないことを確認すると、出来た。と呟いて人形魔理沙を軽く叩いた。
そっと返してやると、フランは先ほどよりも優しめに抱きしめる。
「君はこの人形の作り主に感謝をするべきだ」
そしてふと気付く。先ほど教えた『感謝の気持ち』がここで活用できるとは、と。霖之助はフランの口から出る言葉に期待をした。そのとき。
「いただきます?」
がっくりと肩が落ちた。
フランは先ほどの話をちゃんと聞いていた。が、活用するまではいかないようだ。
落とした肩を不思議そうに見つめるフランに、人差し指を立てながら説く。
「それは食材に対する感謝の気持ち。この場合は“ありがとう”だ」
「でも、ここにいるのは貴方だけじゃない」
振り出しに戻るとはこのことだろう。
もう一度落ちそうになった肩を、グッと我慢し考えてみた。
フランは目の前にいる人物に感謝・謝罪をするということ。つまり、目の前にいれば感謝も謝罪もするということである。
「じゃあ今度外に出れたときにこの人形の作者にお礼を言いに行こう」
「出れる…かなぁ…」
これは名案だ。機嫌よく話す霖之助に対し、フランはまたも諦めているような言葉を吐いた。
「君の頑張り次第だね」
人形の腕と握手をしながら言う言葉は、一応安心させるために言った言葉である。
とりあえず、このフランらしくないマイナス思考をどうにかしなければいけない。
そのためにも早く紅魔館に赴く必要があるな、と考えていると迎えのノックが扉から聞こえてきた。
「おや、もうこんな時間だ。僕は帰らないと」
「えぇ?!ままごとはぁ?!」
扉に向かう霖之助の服をフランが掴んだ。
やんわりと掴んだ手に自分の手をのせる。
「今度来た時にしよう」
「えー…」
と言いながらフランの手はゆっくりと外れて、フランの顔は寂しげに歪んだ。
『次の楽しみがままごと』という解釈はなく、ただ『今日やるはずだったままごと』としかフランの頭には無いようだ。
ままごとよりも次に楽しみできるもの。霖之助は思いついたまま、黒板代わりとして持ってきた紙を10枚机に置いた。
「じゃあ簡単な宿題を出そう。この宿題を次までに終わらせていたらご褒美を出そう」
「ご褒美? 何っ?」
「それは次のお楽しみさ。宿題はこの紙に一日の挨拶を書くこと」
我ながら名案だと思っていたが、宿題を出されたフランにとっては非難轟々である。
「えぇ?! 面倒くさぁい」
「君、今日挨拶しなかっただろう?それはいけないことなんでね」
「むー…」
「おっと、僕は不定期にしか来ないからね。明日かもしれないよ? 宿題は早めに終わらせるのに限るね」
「えー…」
確かに挨拶はしなかった。しかし、そうさせたのは間を空けた霖之助のせいとも言える。
一方霖之助は、挨拶を教えられる上に、次への期待を持たせることが出来るのは一石二鳥としか考えていない。
まだ口を尖らせるフランに逃げるように扉へと向かう。
「それじゃあ、また次に」
「ま、またねっ!」
また挨拶をしなかったと言われてしまってはかなわないとフランは急いで別れの挨拶をする。
それがおかしいのか、霖之助はクスクスと笑いながら扉を閉める。
「ああ」
歪な音をたてながら閉まった扉を見つめていたフランは、思い出したように毒づいた。
「――今日あいつもろくに挨拶してないじゃない」
霖之助の行動に少し苛立ったが、机の上に置かれた紙に気付き一枚めくってみる。
何も書かれていない白い紙は、フランの宿題。
そう思うと、なぜか胸が躍る。
『明日かもしれないよ?』
その言葉が真実とは思っていないが、なんとなく椅子に座り、なんとなく筆を取った。
「…よーし、見てらっしゃい!」
人形魔理沙は、ただその背中を見つめていたという。
*おまけ*
<その頃のレミリアさんと咲夜さん。>
空になったティーカップに紅茶注ぐのはメイドの咲夜の役目である。
時を止めて主人の知らない間に紅茶を注いでもよかったのだが、その日は主人・レミリアに問いただしたいことがあったのであえて普通に注ぐことにした。
レミリア自身そのことには何も言わず、注がれたティーカップに口を付けた。
そして恐る恐る咲夜は聞いた。レミリアの膝の上に座る、人形霊夢のことを。
「お、お嬢様…その人形は…?」
「店主が持っていたから頂いたの」
しかし、メイド長は見ていた。
挨拶をしにきた霖之助の荷物をみたレミリアが、駄々をこねて人形を欲しがるのを。
さらには軽い弾幕を後頭部に当てて人形を横取りしていたのを。
その姿はまさに盗賊・強盗・引ったくり。
「奪ったの間違えでは…?」
「何か言った? 咲夜」
「いいえ」
自分も見てたなら聞くのも無粋だっただろう。
そう結論付け、後頭部にタンコブを作った霖之助を不憫に思っていると、レミリアが口を尖らせながら言った。
「そもそも頂くというのは頂(いただき)に立つものが貰い受けることなのよ?」
――聞こえてるじゃないですか…。
そんなツッコミしたいのだが、メイドの咲夜は心の底で思うことしか出来ない。
「つか…それはなんか違うような…」
「私がいいと言ったらいいの!」
「えー…」