《NG(こんなの考えちゃったよ的な…)》
独立し店を構えようと決めた。
ただ、その店の名前がどのようなものにしようか迷っている。
能力によって名前を当てることは苦でもないが、つけるのはとてもじゃないけど僕は苦手だ。
そもそも名前をつけることは神の力を借りることと同じことだ。名前をつけることはとてもチカラのいることであって僕にそこまでのチカラがあるかどうかが実質不安という気持ちがある。
こんなあやふやな気持ちのまま名前をつけては店の繁栄に関わる。なんていっても僕の店なのだ。下手な名前はつけられない。
そこで僕は考えた。
彼女につけてもらおう!
僕の名付け親にして、僕の師匠の娘。
結婚したはいいもののなかなか子供(跡取り)ができずに悩んでいたりする。彼女が困っているのは僕も心苦しいが、残念ながら女の体の問題(相手の男の方の問題とも言えるがここでは伏せておこう。)であることと、人妻である彼女の不安を他所の男である僕が口出しできる問題でもない。
そんな彼女は今日夫と仕入れのために出かけるらしく、化粧道具と着物を持ってドタドタと廊下を走っているのを彼女の母親が見て、叱っていたのをついさっきみたばかりだ。
店の名前を決めてもらうのはまた明日にしよう。そう考えたときだった。
「霖之助~!着付け手伝ってぇ!」
僕の名前を大声で呼ぶのは、師匠とその娘だけだ。
控えめにふすまを開けると、彼女は肌襦袢を着ながら着物と格闘していた。
女性としての恥じらいがない姿にがっくりと肩を落としながら、床に散らばる腰布を拾い集め、だらしなく下がった本衿を整えた。
チラリと覗く鎖骨が視界に写り、コホンと咳払いをして何事も無かったように最近無縁塚で見つけた着物の着付けに役立つ道具を探した。
目の前にいるのは、既に人妻と化した女性。僕が軽々と声をかけていい存在ではない。
自分の恋心を忘れるように作業に没頭しようと思うのだが、先ほどから探している道具が見つからない。
「腰布?それともこっち?」
「ああ、右手のやつだ。コーリンベルト」
コーリンベルトは腰紐の代わりになってとても着付けには役立っている。
腰布よりもしっかりしていて、しかも着崩れが防げる。着物を常時着る人間に勧めるものだ。僕の店の一押し商品になるだろう。
そもそも着物は紐で着るもの。そう豪語してもいい。
女性が一枚のキモノを着るために使う腰紐は最低5本。それに伊達締めと帯を入れると7本。紐だけで着てるとはいえ、これだけのものを体に巻きつけているのはすごいものだ。
帯は簡単にお太鼓結びで結び、帯留を拾って帯締めに通していたときだった。
「このこーりんべると…だっけ? 母さんに着付けしてもらうより霖之助がコレ使って着付けしてくれた方が大分楽なのよ。無縁塚はガラクタだけじゃないのね」
褒めてくれるのは嬉しいのだが、何故か素直に喜べないのは気のせいだろうか…。
引きつる顔をごまかすように僕は楽しみである自分の店について話しかけた。
「…明日僕の店の名前を考えるのを付き合って欲しいんだけどいいかな」
「え?そんなの今決めればいいじゃない。そうねー…そうだ!店の名前こーりんにしなよ!その店に来れば着物を上手に着付けてもらえるなんて素敵よ!」
「えぇ?!」
決めてもらうのは助かるのだが、その名前はどうしたものか!
しかも着物?!僕の店は道具屋であって着物着付け屋ではない。
しかし、彼女に決めてもらおうと決めた手前…どうしたものか…。
* * *
「いいかい魔理沙。香霖の香の字は神のコウとだな…」
「ふぇ~」
僕は思った。彼女に名付けさせることはかなり危険だと…。