《闇色マジック》
今日もルーミアはプカプカと緩やかに飛ぶ。
ゆらゆら
ぷかぷか
風の向くまま、気の向くまま。真っ暗な闇の塊は空を飛んでいた。
闇は夏の日差しを抑え、自分の周りを涼しく快適に過ごすことができる。
だからルーミアは夏でも長袖なのである。
しかし、この闇には欠点があった。
ザァァァァァァァァ
「はわぁ」
にわか雨に弱い。
周りの様子が暗闇で見えないがために、雨雲があるかもわからないのだ。
雨によって気が動転したのか、闇の力はドンドン弱まていく。
まるで雨水によって黒いインクが流れ落ちるように。
どろどろ
ぼたぼた
びしょびしょになったルーミアはトボトボと浮く。
どこかで雨宿りをしたい。
そう思ったときに目に付いたのは、ガラクタの並ぶ店、香霖堂だった。
「うー…」
カランと音を立てて扉は開き、同時に足を踏み入れたルーミアの靴からグシャリという音が出た。
服からはぽたぽたと水滴が垂れ、「いらっしゃい」と声をかけた霖之助の眉が大きく歪んだが、ルーミアはそのことに気付くことは無かった。
「雨宿りをさせて欲しいの」
「……うーん。その格好で店の中をうろつかれては困る。…手ぬぐいでよければ貸そう」
「ありがとう」
はっきり言って霖之助はいい顔をしなかったが、やはりルーミアは気付かない。
犬猫が自分の毛に付いた水を跳ね除けるかごとく、ルーミアが自分を拭く度に、店内はもちろん商品のほとんどに水が降りかかる。
気分を害した霖之助だったが、幼いルーミアに怒る気も出せず後で床を拭くために雑巾を用意しようと諦めた。
一方のルーミアはのんびりマイペースで周りを見回す。
「ここはなぁに?」
「香霖堂。古道具屋だよ」
「私よりすごい?」
「それは君の能力…闇を操る能力と比べているのかい? どうだろうな…。でも、君の能力を上回る道具はここには売っているよ。たとえばコレ」
霖之助が取り出したのは闇色の棒だった。
クヌギの木の下に落ちているような細い棒ではない。どちらかと言うと流木のように太い。
軽くキュウリほどあるのではないかと錯覚するが、表面には白く文字が書かれている。
「なにそれ?」
不思議そうに見つめるルーミアに、霖之助は得意げに言った。
「ふふん。僕の魔法さ」
「魔法?弾幕?」
「うーん…少し異なるが、まぁいいだろう。僕は君と同じ能力が使えるんだ」
「なっなんだってー」
全く抑揚のない大根台詞。
まるで文章を読み上げたようなリアクションに霖之助は肩を落とすが、軽く咳払いをすると棒で宙に円を描きながら誇らしげに言う。
「僕はこの魔法のステッキで闇の魔法が使えるんだ」
「うっそだぁ」
「本当さ。この白い紙に…ほら、黒く出来た。君はその力でこんなことできるかい?」
霖之助は白かった紙に、丸い闇の絵を書いた。
グルグルとステッキ、もとい棒を紙に走らせると、いとも簡単に円が黒くなる。
負けじとルーミアも、自分の能力に力加減を加えて紙を黒くするようにしてみた。
「んっと…それ!……あれー?」
…が、闇は紙上を浮ぶがかりで紙に黒く円を描くことなどできなかった。
そのようすに霖之助は鼻を高くし、声高に笑う。
「はっはっは! そうだろう? 更に僕の魔法は…水に強いのさ!」
次に、円を描いた紙を適当に窓に放り投げた。
にわか雨は止むこともなく今もなお強く降り続いている。
そんな中、闇色の円は紙から落ちることなくそこに存在していた。
ルーミアの闇は雨でドロドロと落ちてしまったのに。
「おおー!」
「君にはできまい」
「んー…」
えっへん。
と胸を張る霖之助に対し、ルーミアは口を尖らせながら何か考えていた。
真剣な眼差しに様子を伺っていた霖之助だったが、声をかけようとした瞬間に右手をがっちりと掴まれた。
いやに輝くルーミアの瞳に、霖之助はいやな予感しかしない。
「私だってそのステッキを持ったら…」
「あ!ルーミ…ぎゃーーー!!」
そのまま右手のステッキ…棒、もといマジックペンを奪い去り、そして闇色のインクが霖之助に襲い掛かった。
* * *
後日談
「香霖、なんだ? その色眼鏡」
「…サングラスと言ってくれ」
「ふーん。趣味悪いぞ」
「…」
ってな会話があったとさ。