《飛んで恋に入る蛍虫-Shine of fluorite-》



《飛んで恋に入る蛍虫-Shine of fluorite-》


 春はあけぼの。秋は夕暮れ。冬はつとめて…。
 それぞれの趣ある季節の時間というものを語った有名な古文がある。
 今の季節は夏。一説通り、もちろん夜に趣がある。
 月が出ていることはもちろん、蛍が多く飛び交っているのもいい。
 空には大きな満月が浮び、昼の暑さとは打って変わった涼しい風が頬を撫でた。
 こんな日は1人静かに酒を飲みたかったのだが、あいにく香霖堂の酒を切らしてしまったのだ。
 仕方なく霖之助は酒を飲みに夜雀の屋台に歩を進めていた。

 行灯で足元を照らしながら、夜雀の店を目指す。
 森を歩き、小川を越え、迷いの竹林の入り口付近に夜雀の店がある。

 しかし、小川を越えたところで妖怪による物音によって霖之助に緊張が走った。
 満月の夜と言えば妖怪の力が増幅する時。力任せに攻撃を食らったり、そうじゃなくても、弾幕ごっこの流れ弾が自分の頭に当たるというのも珍しくない。
 平穏にその場を乗り切るために、行灯を握る手にも力が入る。

 そっと物音の方の様子を伺う。
 すると、小川に足首を浸けながら、少女が光を四方に操っていた。否、それはただの光ではなく、蛍。
 髪の短い少女は蛍を操っているのだ。霖之助が耳を澄ますと、話し声が聞こえる。

「ほら、あの子は? とってもかわいいって評判じゃない。 あ!あの子一番輝いてる! モテるよきっと! 今のうちに声かけなきゃ!」

 内容はどうあれ、小川の音と少女の声は不思議と同化し、風流だと霖之助は思った。何よりもその情景が素晴らしい。
 少女の周りに飛び交う光は、とても優しく、とても儚く、幻想的な風景に霖之助は見入っていた。
 無意識にもっと近くで見たいと思った霖之助は、知らずに一歩踏み出していた。そして、足元の小枝を踏んでしまい。パキンと音をたてると、蛍はサッと逃げてしまった。

「だれ?!」
「えっと…」


* * *


「ほう、蛍同士の仲人か」
「最近幻想郷で蛍が多くなっているのは私が仲合いに入っているからなんだ♪」

 少女の名前はリグルと言った。虫を操る能力を持つ彼女は『蟲の知らせサービス』という仕事をしているために、文々。新聞に広告になっているのを霖之助は見ていた。
 同じく香霖堂のことを知っていたリグルも、すぐに霖之助と打ち解けたのだ。
 小川のほとりにある大きな岩に2人して腰掛けながら、蛍の輝きに目を奪われる。
 霖之助はここに酒があれば言うことがないのに…なんて不埒なことを考えながら、指に飛んできた蛍の光に風情を感じていた。

「店主さん。蛍って何で光るか知ってる?」
「繁殖相手を見つけるためじゃないかな」
「なんか露骨に言われるとやだなぁ…。 あのさ、太陽の下でモンシロチョウは花を見つけるけど、私たち蛍の活動時間がお月様が照らしている時間でしょ? つまりは真っ暗な闇の中。だから私たちは知らせるの。私はここよって。小さな光に気付いた相手はそっと近付いて愛を囁くの。ピカピカ、ピカピカ…君のそばにいるよって…。 えへへっステキでしょ」

 月夜の下、頬を少しだけ染めるリグルは、とても少女らしく、どこか神秘的だった。リグルの動きに合わせて輝く光が、それをより強く思わせているのかもしれない。
 リグルは小川に足を浸けてくるりと踊るように回ると小さく水音がたった。振り返ってもう一度霖之助に見せる顔に神秘的な表情はなく、むしろ困ったように眉を下げて腕を組んでいた。

「でも、なんでかなぁ。ここ最近、そんな光を示さなくても蛍は幻想郷に沢山いたの。繁殖しなくても増えてるっていうの? まるで外から来たみたいで…。 しまいには繁殖できない蛍まで現れ始めちゃって…。今度は蛍が少なくなってきて…虫の地位向上を謀る私にとって、それは許しちゃいけないことだから『蟲の知らせサービス』の他に『蛍仲人サービス』を始めたってわけ」
「そうかい」

 蛍が2匹連れ添ってリグルの鼻の頭に止まる。リグルは嫌がることなく、鼻先の蛍に笑顔を向けた。

「私のおかげでこんなにラブラブカップルが増えちゃって♪ 妬けちゃうなぁ」

 そのとき霖之助にふと疑問が生まれた。

「君は………」
「え?」
「いや…なにも」

 その疑問をぶつけようと口を開いたが、霖之助の口から質問が出ることはなかった。

 その夜は蛍の鑑賞…俗に言う蛍狩りを楽しんだ後、夜雀の屋台に寄ることなく真っ直ぐ香霖堂に戻った。
 リグルは、ここ数日は仲人サービスに専念するというので、酒と一緒に蛍を鑑賞しに来ても構わないと言った。
 霖之助はその言葉に甘えることにした。…ただし、酒とは違うものを持って行くのだが…。


* * *


 翌日の夜

「君に会わせたい子がいるんだ」
「だれ?」

 霖之助は蛍仲人サービスをしているリグルを呼び止めて言った。

「彼はコガネグの妖怪で彼女募集中らしい」

 そして、霖之助の背後から現れた人物…。蟷螂のような鎌を両手に持った妖怪が1人…。
 リグルに熱い視線を送っている。…食欲的な意味で。

「貴方私に食われろと?」


* * *


 翌々日の夜

「君に会わせたい子がいるんだ」
「だれ?」

 霖之助は蛍仲人サービスをしているリグルを呼び止めて言った。

「この子はずっと前から君を見ていたらしい」

 そして、霖之助の背後から現れた人物…。可愛らしいスカートの妖怪が1人…。
 リグルに熱い視線を送っている。…性的な意味で。

「どう見ても女の子ですよね?彼女」


* * *


 翌々々日の夜

「君に会わせたい子がいるんだ」
「だれ?」

 霖之助は蛍仲人サービスをしているリグルを呼び止めて言った。

「この間君に一目ぼれしたらしい」

 そして、霖之助の背後から現れた人物…。いい年をしたおっさんが1人…。
 リグルに熱い視線を送っている。…もちろん性的な意味で。

「いや、この人人間だし」


* * *


 翌々々日の夜

「君に会わせたい子がいるんだ」
「だれ?」

 霖之助は蛍仲人サービスをしているリグルを呼び止めて言った。

「彼は…」

 同じような受け答えに飽きたということもあったのだろう。リグルの堪忍袋の緒が切れた。

「一体なんの気まぐれ?!この間からお節介か何か?!いい加減にしてよ!」

 霖之助の最近の行動は、リグルの恋人を探しているようにも、蛍仲人サービスを邪魔しているようにしか思えなかった。リグルにとってそれはお節介であり、大きなお世話であり、要らぬ手出しなのだ。霖之助の仲人の真似事は迷惑極まりないことなので、リグルが怒るのも無理はない。

「そうか…」

 怒鳴られた霖之助は、寂しそうに視線を下げると、蛍を鑑賞することもなく帰路へときびすを返していった。
 想像とは異なる態度に、リグルは口を開けて霖之助の背中を見ていた。肩透かしされたような、出端を挫かれたような。しまいには不安が襲う。

(え? 私怒らせちゃった…)

 まるで動かなくなったリグルに、蛍たちは心配そうにリグルの周りを飛び交う。
 そして、その日から霖之助が小川に来ることはなかった。


* * *


 数日後

「あのー…ごめんくださぁい…?」

 リグルは香霖堂の扉を叩いていた。
 けして霖之助が来なくなったため心配になったわけでも、自分が間違ったことを言ったつもりもないし、その点で謝る気などサラサラない。ただ単に、香霖堂に客としてきた。そうリグルは自分に納得させる。

 応答がないために扉を開ける。店はシンと静まり返り、香霖堂が営業しているのかも定かではない。ますます不安になったリグルは、香霖堂の奥、住居スペースに足を踏み入れることにした。

「あ、の…?」

 霖之助はすぐに見つかった。魔法道具でも作っていたのか、周囲には部品だろうガラクタが広がっている。霖之助は作業台に突っ伏して寝ていた。とりあえず、作業していたために蛍の鑑賞に来なかったのだと分かると、喉につっかえていた骨が取れたように、ホッと安心したのがわかった。しかし、何よりリグルが気になったもの。それは霖之助が向かう作業台にあったもの…。

「帽子…?」

 否、帽子にしては大きすぎる。これでは頭に被せてしまっては前もなにも見えなくなってしまう。帽子のような、カブトのような物体を見ているだけでは飽きたらず、手にとって観察する。
 もしも頭にかぶる物ならば、天辺の空間は何に使われるのか。魔法の起動スイッチがあるのならどこか。見れば見るほど不思議な物体に、リグルは目の前で眠る男に被せてみることにした。
 そっと、起こさないように。そう気を付けていたのだが、案外男…森近霖之助は被せてすぐにおきてしまった。

「ん…?」

 被せた直後。多きすぎる帽子(?)はすぐにバランスを崩し、霖之助の視界を奪った。突如真っ暗になったことに驚いた霖之助であったが、それ以上にそれを見ていたリグルが驚いた。

「なっ?!」
「何っ…?!」

 帽子(?)の天辺の空間は淡緑色に輝き始めたのだ。
 どうやら被ることで頭上の空間に光の魔法が放たれる仕掛けのようだ。光は淡く、まるで蛍の光のように点滅をしている。
 驚いて目をシパシパと瞬かせるリグルに、自分が作った帽子(?)を被せられていることに気付いた霖之助は思わずリグルに必死に言い訳をした。

「ああ!これは僕が付けるものじゃ…!」

 しかし、光り瞬く帽子(?)を被った霖之助の格好は、滑稽で思わずリグルは「ぶっ!」とふいてしまった。さすがに相手に悪いだろうと思ったのか、大笑いしそうなのを堪えその場にうずくまった。
 その様子に霖之助も言い訳するわけにもいかず、この魔法道具の本来の使い方をぼそりと呟いた。

「本当はこれを尻に付けるものなんだが…」

 だから頭に被せるには大きいものだったのだ。しかし、リグルは想像してしまった。
 尻に道具を付けた霖之助。その尻は、蛍でもないのに淡緑色に点滅している。
 安易に想像できたリグルはとうとう堪えていた笑いを爆発させた。

「あはははははっ!!!」
「……やはり笑えるものがあるか。これは…」

 涙を流すほど笑うリグルに、霖之助は頬を掻きながらこの道具を作った経緯を言った。

「満月の夜、ここに戻った僕の服に蛍がくっ付いていたんだ。信じられないと思うんだが、その蛍が言ったんだ。『自分たちばかりの仲人ばかりじゃなくて君の…リグルの“いいヒト”を見つけて欲しい』って」
「あの子たちったらそんなことを。それで私にいいヒト候補を紹介してたんだ」
「これでも努力したんだけどね。僕に仲人なんていうものは向かないとわかったからね。この魔法道具に託してみたんだが…」
「まさかこれを私に渡そうと思ったの?!」
「蛍のお見合い方法は、尻を光らせることなんだろう?」
「そうだけど…」

 いくら喋る蛍に頼まれたからといって、霖之助の紹介は非常に不器用すぎた。大きなお節介であり、要らぬお世話なのだ。
 不器用すぎる目の前の男に、リグルは大いに呆れ、そして目の前の男の格好にふと気付いた。

「あのさ…それを被った店主さんって私にとって…」
「?」

 頭に被せていた魔法道具を脱いで、手にとって確認する。
 穿くことがスイッチになっているために、手に取った時点で光を消えている。しかし、霖之助は道具に不備がないかと確認していた。
 リグルに渡すことができないのであれば、香霖堂に商品として並ぶだけ。自分の作った道具に自信がないわけではない。底の確認が終わり顔を上げたときだった。

ちゅ

「え?」
「じゃあ!私蟲の知らせサービスがあるから!」

 リグルはパタパタと急いで香霖堂から出て行く。霖之助にリグルの表情は確認できなかったが、バタンという音とともに1人きりになった霖之助は頬を摩りながら呟いた。

「頬に…キス…?」


* * *


 一方のリグルは急いで小川に向かっていた。
 夏の風はぬるく、熱くなった頬を冷ますには時間がかかりそうだ。
 緩む口を押さえながら、まるで誰かに尋ねるように呟いた。

「人間の愛情表現ってこうやってやるんだよね…?」


 光は蛍たちにとってはとびきりの愛情表現。

 小さな光に気付いた相手はそっと近付いて愛を囁くの。ピカピカ、ピカピカ…君のそばにいるよって…。