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《東方女学園-3時間目-》
桜は咲きほこり、日差しが心地よいうららかな春の日。
東方女学園の茶道部部室である和室には、ダラダラとお茶をすする少女の姿があった。
「霊夢~茶菓子はぁ?」
「いつもあるとは言えないのが茶道部の茶菓子よ。文句ならけちんぼな霖之助さんに言ってくれる?」
「ははっ! 霊夢にケチンボ言われたら香霖も最後だな」
「何よそれ? …そんなに茶菓子が欲しかったら幽々子センセーの引き出しでも探ってきたら?」
「それなんて死亡フラグ?」
確かに茶道部の部費は顧問である霖之助が管理してるが、ちゃんと計算して茶菓子はもちろんお茶に必要な道具・茶葉を買っている。決して霊夢の言うとおり出し惜しみしているわけではない。
ちなみに教師・西行寺幽々子は大食らいに定評があり、尚且つ食べ物関係の恨みは非道いというもっぱらの噂である。しかし、本人が毒見と言う名で行うつまみ食いは誰も責めることができない行為なんだとこか。これは東方女学園の七不思議に入る謎の一つである。…と東方女学園新聞部は語った。
畳の上でゴロゴロと転がっていた魔理沙は、勝手に目に付いた引き出しを次々に開けていく。しかし茶菓子らしきものは見つからなかった。
その代わり引き出しから取り出した茶筅で空中に円を描く。
「レミリアなんか持ってこないのか?」
「残念ながらレミリアは今日来ないわ。家の用事らしいわよ」
「あいつの家の用事ねぇ…フランドールがまたなんかやらかしたかぁ?」
「心配なら見に行けばいいじゃない」
「いいけど疲れるんだよなぁ」
何か(茶菓子)が足りないが、今日もまったりと放課後の部活の時間が過ぎていく。そう思っていたときだった。
「あれ?今日は霊夢だけかい?」
「レミリア今日は休むって。聞いてないの? 担任の癖に」
「高等部のお姉さんが迎えに来てたのは見たが…」
「咲夜が姉とかウケル! つか香霖!私もいるぜ?」
「魔理沙は茶道部じゃないじゃないか。…まぁその手に持ってる茶筅を見る限る興味はあるんだね?」
「あ?」
和室の戸を開けたのは茶道部顧問である森近霖之助だったが、更に後ろには生物教師である風見幽香が立っており、霖之助の背中からひょいと顔だけ出して笑顔で言った。
「野点(のだて)はいかが?」
「幽香!」
「こら!“先生”を付けて!」
生徒の失礼な行動に口を開いた霖之助に、幽香はそっと霖之助の胸に手を当てて待ったをかけた。
撫でるような指はどこかなまめかしく、それを見ていた魔理沙と霊夢はムッと眉を歪める。
「お花を見ながらお茶を飲むなんて結構おつなものじゃない?」
魔理沙と霊夢の視線を感じ取ってか、幽香はいやらしく目を細める。
「確かに今日はいい天気だが」
「華道部顧問のアンタに言われてもねぇ?」
鼻で笑う霊夢と魔理沙。
その態度に再び注意をしようと動いた霖之助の口を、幽香の指がふさいだ。
「今日は華道部の活けた花を見ながらあなたたちが点てたお茶をすするっていう華道部と茶道部の合同活動を私が提案したの」
「しかし急だな」
「せっかくいい天気だもの。膳は急げっていうじゃない」
「まぁいいけど…。うちに外でお茶を点てる道具なんてあったかしら?」
霊夢の言葉に、黙っていた霖之助が口を開いた。
「あるはずだよ。霊夢のように煎茶を啜ることが茶道じゃない。茶道部は本来茶を点てて風情を楽しむものだ。物置に確か…」
和室に取り付けられた押入れの戸をあけて身を入れて探す。
それを手伝う振りをして、魔理沙が霖之助の耳に囁いた。
「何香霖必死になってるんだよ。断ってもよかったんじゃないか?」
「…僕は茶道部顧問。生徒に教える義務がある。…せっかく茶道部らしい活動がやっとできるのに…」
「あら、茶道は抹茶をすするだけの芸道じゃないわ。煎茶道っていう道もあるのになぁんで抹茶にこだわるのよ」
「じゃあ煎茶道らしく専用の茶碗で飲んだらどうなんだい?寿司屋にあるような湯のみで飲む煎茶道など聞いたことないよ」
「これは二度手間・三度手間を省いた効率のいい飲み方よ」
茶道。それは湯を沸かし、茶を点て、茶を振る舞う行為。またそれを基本とした様式と芸道。このことから抹茶道とも言われる。
対して霊夢が行う茶道は、江戸時代に普及したという煎茶道を…と、いうと煎茶道を極める人間に怒られてしまうほどかなり煎茶趣味に走った芸道と言えよう。
未だ文句を言う2人に、霖之助は大きくため息をつき、そして奥の手を出した。
「…今日は僕のポケットマネーから君たちの食べる茶菓子があるんだが…」
「香霖どけ!茶筅とあと何が要るんだ?!」
「棗(なつめ)? あと茶杓と茶碗と…!」
「…なんていう食いつきの違い…」
半身を押入れに突っ込んでいた霖之助を邪魔者扱いすると、我先にと押入れに飛び込んでいく。
現金な子たちだと感心する一方、子供らしい姿に微笑んでいると、幽香がそっと隣に並んできた。
そして、先ほどの魔理沙の囁きをはるかに凌ぐ色香を出しながら耳元で呟いた。
「なんなら手伝いましょうか?」
「風見先生に手を煩わせるほどじゃ…」
驚いてさっと身を引く霖之助に微笑むと、数回手を叩いて大きく声を上げた。
「みんなー茶道部の方々が手伝って欲しいそうよ!手を貸して頂戴!」
「はーい」
一斉に声を上げたのは華道部の生徒たちだった。
狭い和室に次々と入ってくる生徒に困惑する霖之助に対し、華道部の生徒は襖という襖、引き出しと言う引き出し、道具と思われる道具を引っ張っていき、霊夢と魔理沙を筆頭に茶道に必要な道具を探していた。
まるで家宅捜索の状況に発端である幽香に声をかけようとすると、狙ったように華道部の生徒が質問をしてきた。
「森近せんせーこれっているものですかー?」
「えっ…ああ、それは室内で使うもので…。それより風見先せ…」
「先生~!これって違うぅ?」
「え?こんなものまでこの和室にあったのかい?」
思いのほか掘り出し物を発見し、霖之助の注意は完全に道具探しに向いてしまった。
その後ろ姿を見つめる幽香は、笑みを堪えきれず口元を片手で押さえる。
「ふっふっふ…」
周りの人間は皆宝探しに夢中でその怪しげな笑みを気付くものはいなかった。
* * *
「どうにか見つかったようね」
額の汗をひと拭きした霊夢の目下には、野点に必要な道具が一通り揃っていた。
毛氈、傘立て、野点傘、棗、茶筅、茶杓…。
さすが天下の東方女学園。揃う道具は皆高価な品と分かるものが多い。
そんな独り言を言いたい霖之助だったが、野点の道具と共に見つかったモノに眉をひそめていた。
「しかしなんで私物が…」
そこには見慣れた字で書かれたテスト用紙、まだ中身の入った菓子類(賞味期限切れ)、マンガ本、他所の部活の所有物(ボロボロの竹刀・弦の切れたエレキギター・野球ボール等)。
特にテスト用紙には赤い十字架がいくつも書かれ、見るも無残な点数が書かれたものだった。
そのテストに書かれた名前はよく見知った生徒。従兄妹でもある…
「あー…香霖? この赤い布はひざ掛けか?」
「それは毛氈(もうせん)という敷物だよ。魔理沙…これはどうゆうことだい?」
「それは入学早々にあったテストでな?紫のテストは毎回へんな問題があってー…」
「親父さんに連絡決定」
「うわー!!勘弁してくれ!!」
「それと霊夢」
涙目になって叫ぶ魔理沙を他所に、封の開いた菓子袋を拾って霊夢の方を向いた。
『食ったらピチュる by霊夢』
菓子袋にはそんなメッセージと、ご丁寧に名前が書かれている。
「これは君のだろう?なんでここに隠されてたんだい?」
「別に隠したわけじゃないわ。折角の収納スペースにものを入れなくてどうするの?」
「これは立派なゴミだ!」
目を泳がせる霊夢を怒鳴りながら菓子袋をゴミ箱へと突っ込んだ。
生徒の軽薄な行為に、もう一度注意しようと口を開くと、2人はまるで蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
「わっ私毛氈敷いてくるぜ!」
「じゃあ私は傘を差す!」
「あっこら!」
持てるだけの荷物を片手に、廊下から聞こえる足音が遠退いていく。
大きくため息を吐くと、ハッと周りを見回した。華道部の教師および生徒に茶道部の醜態をさらしたことになったのを霖之助は気付いたのだ。
金魚のように口を開閉していると、幽香はクスクスと静かに笑って部屋を見回した。
「少し片付けた方がいいわね。私と森近先生でここは片付けておくから、貴方たちは道具を持って先に行ってちょうだい」
「はーい」
華道部の生徒は幽香の言うことに口答えすることも、霖之助を笑うこともなく出て行った。
ホッと息を吐きながら、幽香の言うとおり部屋を片付けようと肩膝を付いた。
「華道部の生徒はみんな素直ですね」
「ええ、だって私の部員だもの」
「茶道部の生徒もちょっとは大人しく言うことを聞いてくれたら…」
と言って少し考えた。
あの霊夢や、レミリア、(茶道部ではないが)あの魔理沙が自分の言うことを素直に聞く様を。
ブルルッと身震いが起こった。気色悪いような、気味が悪いような、天変地異が起こってもそれは無いなと、乾いた笑いを静かにしてると、ふと背中が暖かくなった。
「ね…せんせ?」
「はい?」
背中には、力なくしなだりかかる幽香の姿があった。
いつもの艶かしい息遣い。普通の男ならごくりと生唾を飲むところだが、霖之助にとってはただ幽香がいつもそのように振舞うものだから“そういう人”と認識したために特に気にしていなかった。
霖之助の様子にピクリと眉を歪ませた幽香だったが、そっとスラックスを撫でながら会話を続ける。
「生徒もいなくなったことですし…私と花を愛でませんこと?」
「ははは。じゃあ僕らも野点に行きましょ…っ?!」
霖之助が言葉を失ったのは無理もない。スラックスを撫でていた手は霖之助の股間へと伸ばしていたのだ。
幽香の意味の分からない行動に動転していると、撫でる手はベルトへと進んでいく。
「あ、の…?」
震える声が動揺を隠せずにいた。それが面白いのか、幽香はクスクスと笑う。
「ふふ…照れてるの? …可愛い。 ねぇ…私と言う名の花を愛でませんこと…?」
「はぁ?!」
そのまま幽香は霖之助に覆いかぶさり、唇を寄せてきた。さすがの霖之助も貞操の危機を感じずにはいられない。
「何やってんだ?」
そのとき、乱暴に開けられた扉から光が差し込まれた。
幽香にいたっては、さして気にしていない様子。顔だけ声の方に向けると、不敵に微笑んだ。
「…あら、忘れ物?」
「ええ、霖之助さんっていう忘れ物」
「香霖(それ)!渡してもらうぜ!?」
声の主は霊夢と魔理沙の2人だった。
いつまでも野点に来ない教師陣に不穏なニオイを感じたのだろう。
まるで正義のヒーロー…否、ヒロインのような登場の仕方に合わせたのか幽香の顔に影が落ち、さしずめ悪役の女帝のように妖しく笑った。
「ふふん…誰にもの言っているの? 私は大人…子供が大人の行為をとやかく言う資格なんてないのよ」
「別に霖之助さんはアンタの男じゃないじゃない」
「そうだぜ!香霖は」
「私の嫁なんて言ったら魔理沙ブン殴るわよ」
「あー? 私は本当のことをだなぁ」
「勝手に決めてんじゃないわよ」
いつの間にか魔理沙と霊夢はその場で言い争いをし始めてしまった。
所詮子供ね…。と鼻で笑い、それよりもこのままどうしようかと霖之助に視線を移す。…が。
「…って、いない!」
自分の体の下にいたはずの霖之助はいつの間にかもぬけの殻。
チッと舌打ちをする幽香。なおも言い争いをする魔理沙と霊夢。そして夕日が覗く空の下残された華道部の生徒たち…。
ある意味騒ぎの発端となった霖之助は、校舎の物陰に隠れていた。
「はぁ…」
正しい茶道の方法を茶道部の面子に教えようとしたのに、なぜか華道部顧問の先生に捕まり、そしてなぜか貞操を奪われそうになった。
自分が男であるゆえに面白がっているのだろうか…。
そう無理やり結論付けるが、霖之助の口からは大きなため息しか出なかった。
「どうしたの?」
びくりと肩を震わせてゆっくりと振り返る。
まさか後を追ってきた幽香、もしくは魔理沙や霊夢なのではないかと思ったのだ。
しかし、霖之助の後ろに立っていたのは、まだ中等部にも上がってないと思われる幼い少女だった。
「…君は、小等部の子かい?」
「うん!」
元気よく返事した少女に、霖之助は首を傾げた。
本来、小等部の生徒は中等部の授業が終わるより早い。更に言えば、もう放課後の部活動も終わりそうな時間帯にいることがおかしいのだ。
最近は物騒になっているために、小等部の生徒は高学年の部活動を除き早めに帰宅するように学校側は言っている。
それを守らない生徒も確かにいるが、目の前の生徒が守っていないようにも見えない。
「…誰か待っているのかい?」
「そうなの。お兄ちゃんはかくれんぼ?」
「僕はここの教師だよ。ちょっと…まぁかくれんぼみたいなものかな」
曖昧に返事をすると、少女は「ふーん」と呟いた。
霖之助の話より足元のアリに興味を示している。
所詮小等部の生徒なんてこんなものだろうと思っていると、校門の方で声がした。
「ちぇーん」
確かにそう言った声に見覚えがあった。
「あれは…」
声に気付いた少女は、パッと顔を輝かして走り出す。
そして、数メートル離れたところで、挨拶をしていないことに気付いたのか、クルリと振り返って大きく手を振った。
「バイバイ先生!またねー!」
「ああ。また」
霖之助は小さく手を振って別れを告げる。
少女と迎えの人物の背を見送り、逆光で見えにくい影を思い出した。
迎えの人物は、隣のクラスで見た教師だったのだ。
「…あれは…藍先生…?」
なぜ教師である藍が少女とともに帰るのかは知る由もないが、一応霖之助の教師日誌にはメモ程度として書き残された。