《東方女学園-6時間目-》
カラスも鳴き終わり、夜の静寂が東方女学園にも訪れていた。
真っ暗になった校舎。しかし、保健室にだけは微かに灯りがついていた。
「さて…ここに集まってもらったのは他でもないわ」
昼間の明るい日差しが流れる保健室は、今やろうそく一本が丸テーブルに添えられているだけ。その丸テーブルを囲むのは、東方女学園でも有数の権力者である面々。
八雲紫の声に、八意永琳、八坂神奈子がそれぞれ反応を示した。
「久しぶりに集結してみたけど、みなさん変わりないようで安心ね」
「今日はどんなことになることやら…」
肘をテーブルにつけてそのまま手を握る。重々しい雰囲気の中、紫が問題を口にした。
「…ここ最近。この学校の風紀が乱れに乱れているわ」
「ほう…。どんなところが乱れているっているの?」
「この3人が集まるわけだから…相当の問題なんじゃないかしら…?」
会議にも似たこの集いは八雲紫、八意永琳、八坂神奈子の3人で行われている。
この三人といのは東方女学園においての影の権力者なのだ。
永琳は主に小等部を、神奈子は高等部。そして紫は中等部を影で操り、見守る役目を負っている。
この3人のおかげで東方女学園が秩序を保ちながら平和でいられると言っても過言ではない。
その3人の重々しい雰囲気が話の重大さを物語っていた。
「紫さえも手こずる生徒がいるのかい?」
「中等部は特に思春期が多いもの…手こずるのはしょうがないわ」
紫は小さく頷くと、胸元から一枚の写真を取り出した。
「…実は、この―…」
「これは…!」
「やはりと思っていたけど…このことなのね…」
その写真に写っていた人物に永琳、神奈子の2人に旋律が走った。
「森近…霖之助…!」
写真には、中等部で国語を担当する教師・森近霖之助が照れたように笑っている姿が映っていた。
隠し撮りにしては堂々としていることが気になるが、ワナワナとその写真を見つめる2人に紫が言い放つ。
「私はこの人の周りで起こっていることをずっと観察していたわ…けれど、この男が現れてトラブルが起こらないことはないわ!」
「この人については私も少し調べたわ。ただ、この人物が騒ぎを起こすというより周りの人が騒いでる印象があったわ」
永琳が至極落ち着きながら言い返す。そのことに紫は深くは答えなかったが、その代わり神奈子への視線を鋭くする。
「そうかもしれないわね…で、神奈子は写真を返しなさい」
「えぇ?!なんのことかしら?!私は…!」
「今、胸元に入れたでしょ…?」
「い…いや…その…」
「かーえーしーなーさーいー」
「いやいやいや!だから気のせいであって!!」
ついには紫は神奈子の両腕を掴み、写真を取り戻そうと憤慨するも、それを傍観していた永琳がボソリと言った。
「まさに、これが“騒ぎ”というものね。彼には惹かれるものがある。それは認めざるおえないことだわ。…このことは私も調べたいと思っているし…紫センセ?」
「何よ!私は折角写真部から没収した私の写真を…あ。」
こぼした言葉を聞き逃さなかった神奈子と永琳は紫に冷ややかな視線を送る。
そして追い討ちかのように、永琳はいくつかの資料(目撃記録)を机に無造作に置いた。顔は笑っているが、どこか威圧感がある。
「私のデータによると貴方見守るといいながら自分自身も騒ぎに関わっているっているのが分かったんだけど…?」
「ギクリ…」
「この写真は没収したのかい?!なんていう職権乱用なんだろうね!」
「それは…その…らーん!たすけてー!!」
永琳と神奈子に迫られた紫は、廊下で見張りをする八雲藍に助けを求めた。
*
見張りと言っても所詮夜中の学園。来るものなど小さな虫やネズミくらいである。
広く、暗い廊下に取り残される。それは藍にとって怖くも何もないものだが、家で1人待つ橙の方が寂しいに違いないと思っていた。
藍にとって恐怖とは、上司の紫が何かを企むことくらいだ。
そんな紫からSOSが送られれば、大して力のない自分であっても助けに行かなければいけないのだ。
仕方ないと重い足を保健室に向かわせようとしたときだった。
「全く…なぜ私が門番みたいなことを…はーい、ただい…」
「おや、藍先生」
そこ声をかけたのは、懐中電灯を片手に持った森近霖之助だった。
「もももおもも森近先生!!なぜここに…!!」
藍の全身の毛がよだつ。回転のいい頭が高速で考える。
(学園の警備は専門に任せているはず!!その専門の警備員だって回る時間ではない!肝試しでもしているのか?!慧音先生呼んで来いだれか!いやいやいや!肝試しだったら他の生徒がいるはずっ!その前にこの会議をするにあたって学園内に人がいる気配はしなかった!とにかくこの状態をどう説明するべきなんだ?!⑧(マルハチ)クループ会議なんて口が裂けても言えやしない! …いや!幸い紫先生などの他の先生方がいることが知られてはいないはずだ!そうだ!忘れ物を取りに来たとでも言えば事なきをえるはず!そして他愛ない世間話をして適当に別れればいい!そうだ!そうしよう!)
…などと考えている藍を尻目に、霖之助は特に考えもせずに自分がここに来た説明をした。
「家でテストの丸付けをしていたんですが赤ペンがなくなってて、家にもなかったものだから学校まで取りに来たんです」
「ハハハ…。そうだったんですか…。実はー。私も、はい…」
自分が考えていた言い訳を先に言われ、固まる藍。霖之助は「買いに行くには遅い時間ですからね」などと言ってる。
さらに霖之助の言葉は続いた。
「そういえば、この間の店は美味しかったですね」
「…はっ! え? あ、ああ! 森近先生もそう思いますか?あそこ私の行きつけなんですよ」
「またいつか行きますか」
「いいですね、ぜひ行きましょう」
「ええ、それじゃあまた明日」
「また明日」
この間飲みに行った店について話し、笑顔で別れを告げた。
相手(霖之助)に振り回され気味だったが、結果的に会議を知られずに済んだことに変わりはない。
ホッと胸を撫で下ろしていると、保健室の方から視線を感じ、勢いよく振り向いた。
そこには、保健室の扉の隙間から3つの顔が覗いていた。トーテムポールのような見知った顔は、決していい顔とはいえなかった。
(般若が3体いる…)
なんて思う暇があるなら、今すぐ逃げるべきだったとすぐに後悔する。
「らーん…今の話は…な・あ・にぃ~?」
「いえ!! あれは!! この間飲みに…!」
「へぇ…私聞いてないわぁ…」
「それは…!」
「そのときのこと私たちも聞きたいわぁ」
般若の1人がジリジリと近付いてくる。そしてその後ろから般若がぞろぞろと続く。
さすがに怖くなった藍だったが、助けを呼ぶことなどできるわけなく、ただただ涙目で叫ぶことしかできなかった。
「あのあの…! きゃーーー!!!」
その日の霖之助の教師日誌
この間魔理沙に教えてもらった抜け道で学校に入れたが、途中先生に会ってしまい焦ってしまった。
赤ペンをいちいち取りに来たと言って笑われでもしないかと言ってから心配したが会ったのが藍先生でよかった。
適当に世間話をして別れたが、怪しく思われていなければいいが…。