《東方女学園-10時間目-》


 

《東方女学園-10時間目-》


 夏休みも目前に迫った今、生徒たちの興奮は抑えきれないほどだった。
 夏休みに遊ぶ予定を教室の隅で計画を立てるのはいいのだが、それを授業中にすることはいただけない。
 霖之助は今日少なくとも十数回、それを注意した。内容も内容で夜に子供だけで遊ぶ~。や、容姿を思い切って変えてみようかとも言う生徒に眩暈を覚える始末。
 夏休み後の生徒の豹変ぶりを見るのが怖いと思う。が、悩みはそれだけではない。





「せんせv いよいよ長期休みですが、何か御予定はあります?」
「僕の担当している部活は夏休みに練習をすることもありませんからね」
「じゃあ!!休みになったらちょっとした旅行に行きませんか?もちろん二人っきりで、泊まりで」
「あぁら? 先生なにを計画中ですか?」
「え? もちろん婚前旅行の予定ですの」
「へぇ?初耳ですわ。どなたとですか?」
「目の前にいるじゃありませんか」
「誰もいないじゃない」
「えっ!? に、逃げられた!!」





 長期休みになるせいか、旅行等に誘われることが多い。
 ありがたい話なのは確かなのだが、なぜか『二人っきり』という条件下となると、すかさず第三者が介入してしまい、一気に険悪な雰囲気が立ち込めてしまうのだ。
 板挟みになるのも、深く考えることも面倒…否、諍いが起こるなら部屋で一人読書していた方がいい。と、霖之助は考えていた。

 あと数日でこの言い争いを聞かなくてもよいとなると心が軽くなる。が、その数日がひどくしんどいと思ってしまうのも確か。知らず知らず口からため息が出る。

「はぁ、疲れた」
「そんなに疲れたのですか?」
「まぁ…って…」
「こんばんわ」
「ああ、こんばんわ」

 ため息と同時に出た言葉を返答された。
 残っていた仕事を片づけながら夏休みに読む本を考えていると、いつの間にか空は真っ暗になり星が瞬き夜になっている。もちろん学園内には生徒はおろか教師もいない。霖之助が一番最後に校舎から出た人物。
 その霖之助が帰るために学園の門をくぐろうとしたときの返答だった。

 答えた人物は、緑色の短髪を夏の夜風になびかせると、同時に丈の短い黒いスカートも一緒に揺れた。
 モノサシのような変わった尺を口元に添えながら、“少女”は霖之助と対峙していた。

「で、こんな時間にいたら危険だよ?」
「私は大人です!!」
「はいはい」

 夏休みが近いこともあり、ここ最近は夜の繁華街で補導を行うことも珍しくない。
 そんな生徒たちに「子供はもう寝る時間だ」なんて言葉をかけると大抵「自分は子供じゃない」「自分は大人だ」と言い張るのだ。

 中学生特有の大人への憧れや、夜の街に出るという好奇心。霖之助にとって、憧れや好奇心は決して悪いものではないと考えている。憧れや好奇心から子供は大人へと昇ると思っているからだ。しかし、その憧れや好奇心によって容姿の劇的な変化や言葉づかいの乱暴化になったりしては本末転倒である。
 それを制御するのが、教師の役目ではないかと霖之助は考えていた。
 目の前の年端のいかない“少女”は、夏の空が真っ暗になる時間に外に出て、ミニスカートを履いてふらふらと放浪している。それは、りっぱな補導対象だった。

「で、君の名前と連絡先を教えてもらおうかな」
「なっ?!こんなところでナンパですか!? わ、私はそんな安い女じゃありませんよ!」
「はいはい。で、名前と連絡先ねー」
「だから!私はナンパなんて受け付けませんよ!」
「これはナンパなんかじゃないよ」
「えっ?」
「君のことを知っておかなくちゃいけないからね(補導対象的な意味で)」
「ま、まぁ…? 貴方がそんなに知りたいと言うんでしたら…教えてあげてもいいんですが…」
「?」

 もじもじと体をくねらせる少女に、首を傾ける霖之助だったが、とにかく連絡先を記入しようとメモ帳を鞄から出そうと探す。
 すると、一台の黒光りした、それはもう細長い車が二人の目の前で停車した。そして中からスタイルの良い赤毛の女性が慌てて出てきたのだ。

「いたいたー! こんなところにいたんですか!探しましたよー!」

 少女に近寄る女性は思いのほか背が高く、艶のある赤毛を頭の高い位置でツインテールを作っている。そんな女性に、少女はフンとそっぽを向いて文句を言い出した。

「貴方の運転はのろいので降りて歩いた方がましだと思ったのです!」
「んな…文句は事故渋滞に言ってくださいよー。 おや、この人は…?」
「ああ、森近霖之助です。ここの教師をしています」
「あたいは小野塚小町。四季映姫理事長の補佐してるんだ」

 霖之助と小町はそれぞれ自己紹介をする。そんな中、霖之助は『四季映姫』という名前を聞いて驚いた。

「四季映姫さんといえば、ここの理事長の名前じゃないですか! そんなすごい方の補佐なんてすごいですね!」
「すごいなんてもんじゃないさ。あたいは与えられた仕事を果たし…」
「果たしていることなんて数える程度ですがね」
「……」

 調子よく高らかに笑う小町に、まるで尖った尺で刺すような言葉を少女が言った。その言葉に動かなくなった小町を見て、ムッと眉をひそめた霖之助は教師らしく教えを説く。

「仕事を舐めてはいけないよ。僕も、この小町さんだって働いている。言うじゃないか働かざるもの食うべからずと。君も将来は汗水流して働く一人なんだ。人を見下す態度じゃ小町さんのような立派な仕事に就くことなんてできないよ」

 饒舌に説く霖之助は気づいていなかった。少女がプルプルと震えているのを。
 言いすぎただろうか?と思い言葉を止めると、少女はピクピクと眉を上げながら言った。

「………それは…私が誰だと思って言っているんですか…」
「誰?君は小等部のどこのクラスだい? あまり大人をからかっていると…」

 見た目で高校生ほどはないと霖之助は思った。自分が担当している中等部で見たことがないとなると、残るは小等部しかない。
 東方女学園小等部の生徒、否、児童がこんな時間まで外を出歩いていることは嘆かわしいことだが、一応保護者だと思われる小町が傍にいたのだろうと考えるとまだ叱るほどのことではない。が、先ほどの言葉づかいは叱咤することは必要だろう。そう、霖之助は考えていた。

 …が、しかし、霖之助の言葉によりその場の雰囲気は一気に氷点下まで下がり、あまりの寒さに小町が顔を青くして震えている。
 はて、自分は何か悪いことを言っただろうかと、まだ首を傾けることしかできない霖之助に、ガチガチと震える口で小町が言った。

「も、森近さーん…この人…ここの理事長ですよー」
「………は?」
「いやいや。あたいの上司ですって、マジで」
「…ま、まさかぁ…」

 そんなバカな。
 そう言いたい霖之助が少女の顔をよく見ようと目を凝らし、そして思い出していた。
 女学園の教師をしているといっても、理事長には会ったことがない。理事長はいつも忙しいらしい。そう校長から聞いていただけであり、そして特に気にもしていなかった。
 そのかわり、校長室にある、理事長を描いたという油絵はこんなに幼い少女ではなかったはず。
 頭の中が真っ白になりかけた瞬間に見た四季映姫・ヤマザナドゥの顔は笑っていた。口だけ。

「私が理事長、四季映姫・ヤマザナドゥです…。そうですか、私の仕事は立派ではないと、そう、言いたいのですね…?」
「いえ!こんなに幼い顔つきとは思わなかったものなので!」

 言い訳なのか、それともバカ正直なのか、思考が停止しそうな時に出た言葉は、映姫の堪忍袋の緒を切るのには十分なものだった。

「っ退学です!!!小町!学園にすぐに連絡なさい!この方を退学にします!!」
「理事長ー。この人先生だから退学じゃないですってー」
「いいえ!なんとしても退学です!!どうしても退学です!!」
「やっぱり見栄張って似顔絵を老けて描かせたのがいけないことなんじゃないんですか?」
「小町まで言いますか!あなたも退学ですよ!!」
「いえだから私も生徒じゃありませんてば」
「むきーーー!!!」

 夜の女学園に少女の怒声が響き渡った。



その夜の教師日誌

どう見たって校長室の油絵よりもおさな…否、若い。