《東方女学園-11時間目-》
夏真っ盛りになろうとしていた夏休み前日。つまり、終業式の日の朝。
情けないことに霖之助は寝坊をしてしまった。
長期休みに入るということで本を張り切って大量に借りたまでは良かったものの、少しだけのつもりで読んだ本に夢中になってしまったのが悪かった。
生徒たちは午前中で終わるのだが、教師陣はそうはいかず昼食が必要。
が、この寝坊のおかげで弁当を作る余裕などなかった。
近くのコンビニでソーセージが使われた総菜パンを急いで買って、学園までの道のりを走る。
走る。
走る。
走る。
そして、霖之助は遭遇してしまった。
「ねぇ!そこの人!ちょっと待って!」
「えっ?」
突然声をかけられ、条件反射にも近い返事をしてしまった。霖之助の息は荒く、早く学園に向かいたいのに止まらされていることにジレンマを思う。
シーツのようなものを被った女性、否少女かもしれないと霖之助は瞬時観察する。顔はよく見えないが、腹部からぐーぐーと虫の鳴き声が聞こえるのはわかった。
「何か用ですか?」
できることなら早く去りたい。
「私、お腹が減ったの。何か恵んでちょうだい?」
「何も持ってませんので。じゃ」
すぐに足を学園に向けるが、胴体をがっしりと掴まれ思うように前に進まない。
日々体を鍛えていれば、この女性ごと学園へ運べるだろうが、いかんせん運動不足と睡眠不足。すぐに力尽きて足は止まってしまった。
「嘘は良くないわよ。そのコンビニの袋。そうね…パンかしら?総菜パン…ウインナーの匂いがするわ」
コンビニのパンは密閉しているため匂いなど分かるはずない。
「なんでっ …これは僕の昼食だ。放してくれ!」
「私に逆らうというの?! まぁ!それあなた死亡フラグっていうの知ってるっ?!」
なんだそれは。
そう言いたかったが、このまま話を続けていれば学園の式の前の朝礼に間に合わない上に面倒事が自分に降りかかりそうに思えて仕方がない。
霖之助は我慢のために震えていたが、「はぁぁ」と、大きくため息を出して自分を落ち着かせた。
体の力を抜くと、女性の拘束していた腕も自然と解放した。
「………ん」
「わぁい♪ありがと!ただの通りすがりの人! ……って」
女性のお礼の言葉もほどほどに、霖之助は学園へと走り去っていった。
* * *
結局学園へは遅刻。
終業式には、今日に限って理事長がお目見え。
先日の粗相のせいか、遅刻ともども説教をされた。また、理事長だけならともかく、学年主任の上白沢慧音にまでこっぴどく叱られた。
それを見た帰宅途中の従妹には「まったく香霖はまだまだガキだぜ」などと言われ。
さらには昼食もなければ、学食も購買も開いていない。
当たり前だ。今日は生徒達は利用しないのだから。
店屋物を注文しようと財布を探るが、財布がない。
朝、間違いなくコンビニで買い物をした。つまり、どこかに落としたのだろう。
さらにさらに休み中の学園の当直を、今日の罰として受け持たされてしまった。週直どころの話ではない。
帰り際、一応育ての親に匹敵する霧雨家へ赴くも今度は叔父にまで娘(魔理沙)の悩みを聞かされた。
魅魔という女性の家に入り浸っており、家に寄り付かないという話だ。
しかし、この話は霖之助が聞く57回目の話であり、正直うんざりしている。
今日の朝からの出来事もあり、話早々に区切らせてもらった。
とんだ厄日にしか思えない。
夏の夕暮れの中、とぼとぼと帰宅する。
霖之助は、教員用の寮に住んでいるのだが、不思議な事に窓から光が漏れていた。
消し忘れていたのかと反省するが、今度は自分のポケットの中にあるはずの家の鍵がない。
今日は出ていった時に確実にかけた。つまり、どこかに落としたのだろう。
厄日にもほどがあると落胆する中、ダメもとで扉を開けると、鍵が開いていた。
一気に泥棒などの悪い予感が脳裏を過り、恐る恐る扉を開けると、中からケラケラと明るい笑い声が聞こえた。
「………え?」
「あれー?遅かったじゃない!私もうお腹減っちゃって」
そこには、朝出会った昼食泥棒が平然と霖之助の部屋で寛いでいた。
シーツはかぶっておらず、黒くて長い髪の毛をベッドに広げながら、この時間にしているバライティ番組を見ている。
まず部屋のあり様がひどかった。
霖之助の部屋は、特有の妙な収集品が目立つがごくごく普通の部屋だ。
しかし、今はどうだろう。タンスはすべて引き出され、本と言う本がばらまき、(霖之助曰く)貴重な道具がまき散らされている。
まるで強盗にでも出会ったよう。
この女性は強盗の後に入ったのに警察に連絡もせずに、まるで自分の部屋のごとく寛いでいるのだろうかと30%の心配と、70%の疑惑が霖之助の頭をよぎる。
しかし、まず一番聞きたいことを聞く。
「なんで君がいるんだ!」
「貴方…えぇと、森近霖之助さん?」
「それ!僕の財布!」
女は霖之助が所有しているはずの二つ折りの財布を広げて免許証を読んだ。
なぜこの女性が持っているのかと問い詰めたいのにあまりの事に口を開閉することしかできない。
「んー。細けぇことはいいんだよ。 ともかく? 貴方からもらったウインナーパンで私は今こうして生きているの。 ……そうだわ!最近はあんぱんやらメロンパンやらチョココルネだかをトレードマークにしているヒロインがいるから、この際私もウインナーパンをトレードマークして…、やだソーセージてばちょっと卑猥v ん?まてよ?チョココルネじゃなくてコッペパンて言うべきだったかしらここは。あ、最近は焼きそばパンもこれに入るわね!」
「それでなんなんだ君は」
長く、しかも理解できない話に霖之助の頭は痛みを発してきた。
痛みを緩和するがごとく大きく息を吐き出すが、対する女性は霖之助のことなど気にもしないように手に持っている財布の中からレシートをばらまいてキャッキャッと機嫌よく笑っていた。
ひとしきり笑った後、これ見よがしにキーケースの輪を人差し指にさしてクルクルと回す
「私? 私の名前は蓬莱山輝夜。あなたのことはよく知ってるわ。よく買い物に行くスーパーは幺樂ショップで、大空書店のポイントカードが…わ!すごい1万3千円分貯まってるじゃない! あ、卯酉銀行のカードみっけ。でもあなた免許証持ってるのになんで車ないの?」
「だからっ!勝手に財布を開けないでくれ! というかそれ僕のキーケース! …もしかして財布も鍵も君がスッた…?」
「あ、そうそう!今朝のことで私考えたの。命の恩人に恩返しをするべきだって」
「はぁ? …それにしては僕の家が泥棒にでも入られたようだけど」
「だって私がお腹すいているのにこの家なんにもないんだもの。おかげでこのお財布で買い物にねぇ」
部屋の中はもので散乱している。何かを探しているように思えるが、まさかそれが食べ物を探してこのざまとは信じがたい事実だった。
「食べ物だったら冷蔵庫の中に野菜や生の肉だってあっただろう」
「私ってば自炊しないし。料理と言うのは出来上がって目の前に提供されてこそ。しらないの?」
「君…それで恩返しするつもりでいるのかい…?」
「だって私存在自体が恩返しだし?」
「…はい?」
「だって貴方だってお姫様が家にいたら嬉しいでしょう?」
「だれがお姫様だって?」
輝夜は人差し指で“お姫様”を指す。
「後ろに誰もいないんだが…」
「だから!私がお姫様なんだってば!」
輝夜が指さした先は間違いなく輝夜自身だったのだが、輝夜と“お姫様”というのは似て非なるものとしか霖之助には思えなかった。
思えたのは一つ。目の前の女(輝夜)はおかしいことだけ。
「………これが今ハヤりという中二病というものか…。中学二年生を受け持っているが…こうも目の前に見ると引いてしまうものがあるな…」
「あーん!もう!!そんなことを言っても出て行ってあげないんだから!」
「なんだって?!ここに居坐る気かい?!勘弁してくれよ!」
我が物顔でベッドを占領する輝夜はピースサインを霖之助に送りながらにこりと笑いかけた。
「私今家出中。そんなことでよろしく~」
その夜に書かれた教師日誌
これからの夏休み…どうなるんだ…?
「何これ?へぇ?教師日誌?!うっわー中学生日記みたいなもん?」
「わっ!ちょっ!触らないでくれ!!」