《幸福論》



《幸福論》


「髪を切ろうかな」

 前髪を指でいじりながら霖之助は呟くように言った。
 その言葉に、香霖堂で本の立ち読みをしていた因幡てゐは、馬鹿を見るような目でこう答えた。
「髪を切ってもちやほやされるのは一日だけだよ」

 そしてまた立ち読みしていた本に視線を移す。
 霖之助は別段不快に思うことなく「ふむ…」と納得すると、気を取り直して言った。

「そうだ思い切って車を買おう!」
「車なんて奇麗なのは一週間だけさ」

 車と言っても、いつも道具を運ぶためのリアカーである。
 無縁塚から香霖堂までの道のりは、整備されている道のほうが少ない。
 すぐに汚くなるのも納得できる。

 霖之助は思い出したように言った。

「この間結婚しろと言われてね」
「はっ!妻の愛くるしい姿なんて一ヶ月程度だよ」

 里の道具屋の主人兼自分の師匠に言われたことをただ言っただけなのに、なぜかてゐの言葉にトゲがあるように霖之助は感じた。

 とにかくこの話題から離れようと話題を探していると、香霖堂の壁から吹く隙間風が頬を撫でた。

「…この家を新築しようかな」
「新鮮でいられるのはもって一年。賭けてもいいね」

 即答。
 香霖堂を新築するつもりはさらさらない。むしろ冗談で言ったまでのことだったのだが、ここまで否定されるとさすがの霖之助もむっと眉をひそめる。

「さっきから何なんだ。僕の言うことをことごとく否定して」
「別にぃ。ただ私は自分に正直に生きているだけさ。アンタの言うことは一瞬の幸せにすぎない。人を幸せにする能力を持つ私にとって、さっきから言ってることは全部無駄としか言えないよ」

 因幡てゐ。
 人間を幸運にする程度の能力をもつ妖怪兎。
 そんな彼女の口から出る幸福論に、霖之助は興味がわいた。

「一体君の言う幸せとは何なんだい?」

 霖之助の問いに、立ち読みしていた本をパタンと閉じ、くるりと霖之助の方を見ると不敵に笑った。

「一日だけ幸せでいたいならば、床屋に行け。一週間だけ幸せでいたいなら、車を買え。一ヶ月だけ幸せでいたいなら、結婚をしろ。一年だけ幸せでいたいなら、家を買え…。一生幸せになりたいなら…あんたは何だと思う?」
「は?」
「ヒントは…今の私ってとこかしら?」
「全く見当もつかないよ」

 考えていないんじゃないかと思う回答に、てゐは面白くなさそうにため息を吐いた。

「一生幸せでいたいなら、正直でいること」
「つまり君のように正直に生きろと」
「そうゆうことね」

 いかに簡単な回答を答えられなかった霖之助に呆れ、再び読み途中の本を開いたてゐに、霖之助はそっぽを向いてつぶやいた。

「…正直に僕に髪を切ってほしくないことや、車なんて必要ないこと、結婚してほしくないことや、家もこのままでいいということを言えばいいのに」
「だ、だから否定してあげてるんじゃないっ!」
「はいはい、ありがとう」

 一気に顔を赤くして反論するてゐに、にやにやと意地の悪い笑いをしながら頭をなでてやった。

 




あとがき
『一日だけ幸せでいたいならば、床屋に行け。
 一週間だけ幸せでいたいなら、車を買え。
 一ヶ月だけ幸せでいたいなら、結婚しろ。
 一年だけ幸せでいたいなら、家を買え。
 一生幸せでいたいなら、正直でいることだ』

西洋のことわざです。
要するに、『幸せは長く続かないよ。でも幸せはいろいろあるよ』ってことです。
私は最後の『正直でいろ』という言葉が無性に印象に残っていたのでそのことを重点的にssを書かせていただきました。
意味と比べると全然意味が通っていないssですね!!
海外のことわざは日本とはまた違った意味を持っていて勉強になります^^
てゐ霖!私好きですよぉ!!