《年下の男》



《年下の男》


 目の前に男がいる。
 紅魔館のメイド御用達の古道具屋の店長である男の名は森近霖之助と言ったような気がする。
 森近霖之助は二人掛けのソファの上で倒れたように仰向けになった私に覆い被さるような体勢で私の眼をじっと見ていた。
 まるで恋仲・恋人・相思相愛の仲の男女が陥るような体勢ではないか。
 大図書館の薄暗い明りがその雰囲気をより醸し出している。
 森近霖之助の瞳は、少ない光を映して小さく揺れる。
 いや、これは明かりとして使っているロウソクの火が反射しているからだろうか?
 瞳の中の私がゆらゆらと揺れているのだから、目の前の男の瞳が揺れているのか、そうじゃないのかは断言できない。それとも、揺れているのは私の瞳の方なのだろか?

 待って。
 落ち着きなさいパチュリー・ノーレッジ。
 Knowledge(知識)という名を持つあなたが何をうろたえているの?
 落ち着いて考えましょう?
 どうしてこんな状況になったのかを。
 あれは…そう、いつものようにレミィと夜のお茶会をしていたときだわ…。


* * *


「パチェっていまいち幼いわよね」

 紅い紅茶をのんびりと飲んでいると、レミィは何か考えるようにつぶやいた。否、何も考えていないから口に出した言葉かもしれない。
 その一言に苛立つこともなければ、気にもならない私は、口に含んでいたお茶をこくりと飲み込んで返答する。

「……そりゃ、500歳の貴女に比べれば私は幼いかもしれないわね」
「違うわよ。だって、咲夜と比べてもパチェは幼いわ」

 咲夜は良くできた友人の従者だ。私にも悪魔の従者がいるがいまいち頼りない部分がある。
 私のために働いていることは感謝をするが、時々行う思い違いやドジは時にため息を吐きたくなるくらいだ。
 時を操る有能なメイドは、すらりと伸びた手足が羨ましいほど美しい。
 出で立ちは差し詰め芍薬、牡丹、百合の花だろうか。
 しかし、どんな美人でもそれは短い時間でしかない。
 特に咲夜は人間。短い命のおかげで今の容姿があるのだ。

「人間に比べられてもね…」
「えー? じゃあ…あ、香霖堂店主とか。聞いたところによると、あいつはパチェよりも年下よ」

 咲夜とレミィが行くという古道具屋…だった気がする。
 目の前の吸血鬼が買い物をするのかと問い詰めたいが、今はそんなことを聞いている話ではない。
 半分妖怪という物珍しい店主は自分より年下。
 そんな情報いったいどこから取り寄せてくるのだろうか?
 まず、今のレミィの考えてることが分からない。否、何も考えていないから言えることなのかもしれない。

「レミィはどうして私を幼くしたいの?」
「別に意味はないわ」

 やっぱり。
 全く私の友人ときたら、自分の興味あることしか言わないし聞かない。
 まぁ、そんなレミィだから私も一緒にいて飽きないのだけど。

 この世に生きて1世紀。いや、1世紀程度と言うべきか。
 他の妖怪にしてみれば私は幼い部類に入るのだろうけど、100年生きた上で学んできたことと言ったら、他の誰よりも自分を自負できる。
 私は動かない大図書館。いわば私自身が図書館なのだ。
 そんな私に幼い幼くないの分別、必要はないと断言できる。

「パチェってぇ、なんだか“ソッチ”のことに詳しくなさそうだもの」
「………私に知らないことがあるとでも?それとも何?レミィは“ソッチ”のことに詳しいっていうこと?」
「やだ。何パチェったら怒ってるの? 私は吸血鬼。あなた(魔法使い)にも知らないことを知っていて当然じゃない」
「っ!」

 吸血鬼と魔法使い。
 今このお茶会にいる二人の大きな違い。種族。
 吸血鬼が知っていて私(魔法使い)に知らないことは確かにある。
 それは、私が本でしか知りえない『歴史』と、実際に見る・体験することで知る『歴史』という知識だ。
 私が読んだ本がすべてを語っているという保証はない。
 本の著作者の感性にも左右される本は、歴史という知識としては不十分なのだ。

 何より、今日のレミィはどこか艶があり、飲んでいた紅茶のせいか、唇がいつもより紅く見えた。
 その表情はまるで私が見たこともないレミィのようで、私は変な焦りを覚えた。
 背中に一筋の汗が流れるのを感じる。
 レミィのクスクスという小さな笑い声が、頭の中で反響してうるさいくらいだった。
 次にレミィの口が開いた時、私にどんな言葉が下されるのか考えると、心臓が掴まれるように痛くなる。

 心臓の音が、うるさい。

 クスクスと笑っていたレミィの口が開く。
 思わず身構えてしまった私に、レミィが言った。

「ふ…ふぁぁぁあ」
「…大きな欠伸だこと」

 言葉は出ずに欠伸が出た。なんとも緊張して損をしたような気がするのだが、まずレミィが私に何かするなんてそれはそれで悲しくなった。
 そんなことを思った私がバカなのだろうか。

「んっふぅ…。もう夜明けが近いのかしら? なんだか眠くなってきちゃった」
「そ、じゃあ、素直に寝たら?」
「? パチェ怒ってる? 別に気にしなくてもいいじゃない“ソッチ”のことが分からなくたって私たちは変わらずに親友よ?」
「ええ、そんなことあたりまえじゃない。そうじゃなくて、私は読みかけの本が気になってしょうがないだけ」
「そうなの? なら別にいいけど」

 ほら、レミィは全く気にしない。
 私も少しトゲのある言い方しちゃったし、申し訳ないことをしたと思うわ。
 …でも、レミィも別に“ソッチ”の話を掘り返さなくてもいいと思うのだけど…。

 私はレミィと別れて大図書館のいつもの椅子に深く座った。
 自分の知らないことがあることは、図書館を名乗る私にとっては遺憾なこと。
 早速レミィの言った“ソッチ”のことを調べようと目の前に並ぶ本を適当に開く。
 そして私はふと思った。

「“ソッチ”のことって…何?」




……

………

 男は熱い吐息を吐きだしながら、自分の身の上に座る少女に請いた。

「パ、パチュリー…もう、止めてくれないか…」
「そう? ここはそんなことを言ってないわ」
「ぅっ…あ!」

 少女、パチュリー・ノーレッジは森近霖之助の中心を無為に撫でる。
 撫でると同時に霖之助からまるで壊れかけたラジオのように小さな声が上がった。
 それが面白いのかパチュリーはにやりと口を歪めると、今度は撫でるのではなく強く擦りあげた。
 ピクピクと震えるそれの先端から、トロリと汁が流れる。

「もう出ちゃう? 出してもいいのよ? でも…」

 パチュリーは擦るのを止めて、逆手の状態で根元に力を入れた。まるで作物を採るがごとく思いっきり。

「っつぁ!!」

 悲鳴に近い声にゾクゾクと背筋が悦びで震えあがるのを感じながら、霖之助の耳元で囁いた。

「出せるものなら、ね?」

………

……




「これだわ!」
「ひぇ!? パチュリー様!?」

 私は読んでいた本を持って声を上げた。
 その声に驚いたのか、本の整備をしていた小悪魔を驚かせてしまったわ。
 でも、そんなことよりも私は見つけてしまった!
 “ソッチ”とは何かを!そして私を幼く見られないようにする方法を!

 要するに簡単なことだったのよ。
 “ソッチ”とは私の予想が当たっていれば、猥談のことであり、その経験が乏しいから私は幼いとレミィに見られたのではないかと私なりに考えた。
 私が幼く見えるのは、私の容姿もあるが、経験をレミィ自身に聞かせればレミィは二度と私を幼いなんて言うこともない。
 実際にその経験をするには異性の知り合いが必要になる。そこで私よりも年下という森近霖之助を使えば、なお私の幼く見える現象は抑えられるのではないか。

 これが私の見解。
 まさに完璧!
 これこそ知能・Knowledgeの集大成!
 笑いが込み上げてきてしょうがないわ!

「これでレミィにだって子供扱いできなくなるんだから! ふふふ…ほほほ!ほーほっほっほ…げほっげほっ」
「パチュリー様大丈夫ですか!?」

 笑い過ぎてむせてしまったわ…。茫然と私を見ていた小悪魔が慌てて背中を撫でる。私が見ていた本を見て「えっとー…。っ! も、もう…パチュリー様ったら…」と、頬を染めていたが、それよりもむせた咳から喘息になりそうで、私は小悪魔の頬に構っていられなかった。





 そこからの私の行動は早かったわ。
 どのように進行させるか、頭の回転をフル稼働させて考える。
 何しろ私は動かない大図書館。そして相手は動かない古道具屋。
 どう考えようが双方を動かすことは難しい。…もちろん私が動くなんて論外だわ。
 考えた末、私の持つ物で釣ることに。

 そう、私は動かない大図書館。この膨大な量の本に、読書が好きな輩が放っておくかしらね?

「噂はかねがね、招待いただき光栄だよ」
「いいのよ。どこかのバカのように盗まなければ本を読むことは許されるわ」
「ははは、そのバカのために一般公開を控えているのならなんとも遺憾なことだね」

 お互いの乾いた笑いが図書館に響く。

 そうして笑っていられるのも今のうちよ。もう少ししたらヒーヒー悲鳴を上げさせるんだから。
 森近霖之助は長い時間かけて本を選び抜いた後、十数冊の本を軽々と持ち運びながら椅子のあるこちらに向ってきた。
 そう、そのまま私が座っている二人掛けのソファに座ればこっちのもの…って、あれ?

 森近霖之助は私から程よい距離の一人掛けの木の椅子に座った。

 いやいやいや、これじゃ本末転倒もいいとこよ!

「こ、ここに座ったら?」
「え? でも僕もうここに読む本を並べてしまったし…」
「いいから! えっと…。その椅子はイングランドから取り寄せた呪われた椅子なんだから悪いことは言わないからこっちに座りなおしなさい」
「バズビー…?」

 半ば強引だったけど、無事に私の隣に座らせることができたわ。
 さて、ここから目の前の男に悲鳴を………ん?

 森近霖之助は私が睨むのもお構いなくパラリとページをめくって読書する。
 ……私は根本的なことを忘れていたわ…。どうしよう…。ここからどうやって行為に流れるのかしら?

 まず、そうね。押し倒すのが常識だったような気がするわ。
 押し倒すために森近霖之助の肩を目いっぱい押した。…が。

「っん、ぅぅうう!」

 なんなの?!この男の中身は鉄か何かなの?!倒れるどころか揺れるのが精いっぱいだわ!
 私の持つ力一杯に男の体を揺する。それはただペタペタと体を触るだけの行動だけれど。
 …あまりに必死なものだから気付かなかったけど、当然森近霖之助は怪訝な顔で私を見ていて…。

「えっと…何をしてるんだい?」
「えっ?! その…身体計測よ」
「なぜ?」
「私は今人間の男の座高について調べているのよ」
「僕は半妖なんだが…。それに座高なら胸は関係ないと思うんだが…」
「むむむむ…。あ、貴方は調べたいと思うものが目の前にあったら調べないことはないと?!」
「それはもちろん調べるに決まっているよ」
「なら私に黙って身を委ねていればいいのよ」
「そうかい」

 そうかいですって?!なんなのこの男は?!
 …いえ、でも身を委ねてくれるのなら好都合だわ。
 こうなったら強硬手段よ。無理やり股間のブツをつかんで…。

 そう意気込んで伸ばした腕を、男の腕がそれを許さなかった。
 腕を掴まれたまま、気がつけば私はソファに背中を預けていた。

「むきゃっ!?」
「あいにく、君の従者からよろしくと言われたんだ。冗談だと思っていたんだが、君がそれほど性に飢えているのならしょうがないと言っても過言じゃないね」

 何がどうなったのか分からず、私の頭はただただ混乱していた。
 従者?小悪魔が何をこいつに吹き込んだの?よろしく?性?飢えてる?私が?まさか。

「待って…こんな、違うわ」
「僕の体が目的だ。と、君の従者は事細かく説明してくれたけどね」

 こ・あ・く・ま~!!
 何をそんな…!

「私は別に自分の性欲を満たすためにこんなことをしたんじゃないわ!」
「じゃあ、君はどんな気持ちで僕の貞操を奪おうとしたのか、言ってみてくれないか?」

 男の瞳が揺れた。いや、これは私の瞳が揺れたせいだろうか?
 返答に困ってしまった。だってすべて私の勝手な都合なんだもの。
 私は何も言えずに、ただ黙って男の眼を眺めていた。


* * *


 ここまでが回想。
 思い出したわ。
 これは押し倒された状態。
 私は今、貞操の危機に直面しているということね。

「…何も言わないということは、君はこの状態のままコトに及んでもいいということなのかい?」
「つあっ!」

 森近霖之助の手が私の腿を撫でる。
 思ったよりも冷たい手だったので驚いて甲高い声が出た。
 一気に頬に熱が篭るのが分かる。閉じていた瞼を恐る恐る開けると、変わらずに男の顔がそこにあった。
 この男は誰?本当に私よりも年下なの…?

 その気持ちは恐怖。
 腕は振りほどけないし、胸を押し退けようとも硬くて動かない。
 恐ろしくて震えあがり、目に涙を貯めたとき。ふと体の重みが退いた。

「……ぇ?」
「もうこんなことはしないようにね」

 やわらかく微笑んで私の頭を撫でる。
 まるでいたずらが過ぎた子供を許すように…。
 私はその手をとって男に言った。

「やさしいのね…   …なんて言うと思ったの!?」
「はい?!」

 私は怒っている。

「私を子供扱いしたのが運の尽きということね!こうなったら何がなんでも悲鳴を上げさせてあげるわ!食らいなさい!日符『ロイヤルフレア』!!!」

 これは個人的恨み? いいえこれは私が年上だという証明のための攻撃よ!!
 図書館に爆音が流れた。


*そのころ図書館の前では*

「うぅ~パチュリー様ったら大丈夫かしら…。でも、大丈夫ですよ!大図書館には、行為が終わるまで何人たりとも入れさせませんから!! でもさっきからすごい音です。一体どんなプレイが行われてるんでしょうねぇ。うふっふっふっふ」